青森に世界最高峰の競技がある。「男子新体操」だ。

 昨年8月のリオデジャネイロ五輪閉会式のフラッグハンドオーバーに参加。最後に大きなキューブを転がして富士の絵を作り上げたと言えば、ピンと来るかもしれない。その模様は世界200カ国以上に中継され、20億人の視聴者が見た。その一大イベントで青森大男子新体操部の20人が、ダンサーとしてパフォーマンスを披露した。

リオデジャネイロ五の閉会式で光るフレームを使って日本を紹介するダンサーたち=2016年8月21日
リオデジャネイロ五の閉会式で光るフレームを使って日本を紹介するダンサーたち=2016年8月21日

■人間同士が作り上げる芸術

 青森大男子新体操部は16年に全日本学生選手権で15連覇、全日本選手権では3連覇(12回目の優勝)を達成し、国内では敵無しの存在だ。2月18日、19日にリンクステーションホール青森で行う舞台「BLUE」の公演直前、練習取材に訪れると、そのすごさに度肝を抜かれた。まるで重力がないかのようなアクロバティックな動きに、コンマ何秒も違わないシンクロ性。指先までピンと伸びる演技の美しさに、ただただ見とれてしまった。

 チームを率いる中田吉光監督(51)は「よく男子新体操は究極の団体競技と言われたりする。視線まで合わせたり、人間同士が作り上げる芸術」と話すが、一糸乱れぬ動きはまさに究極と感じた。

 男子新体操は、日本発祥の競技で1946年頃に始まった。女子と大きく違うのは豪快な空中技が繰り広げられる点。個人はスティック(棒)ロープ(縄)クラブ(こん棒)リング(輪)の4種目(女子は5種目)。団体では手具は使わず6人のチームで行われる。

 演技はバック転、バック宙などタンブリングと呼ばれる大技と、組み体操の要素を取り入れた組み技に、ダンス要素の動きを織りまぜて構成される。バレエのような表現の優雅さに加え、シンクロナイズドスイミングのような協調性など、芸術性が高いスポーツだ。

 現在国内での競技人口は約2000人ほど。増加しているものの、08年を最後に国体競技からも外れてしまった。日本体操協会では男女の体操、女子新体操、トランポリンの五輪種目には強化本部があるのに対し、男子新体操は委員会。国際体操連盟も種目として認めていない。今回のリオ五輪でのパフォーマンスや過去のドラマ化など知名度は少しずつ上がっているが、苦難の状況が続いている。

 だが、国内外からの評価は高い。13年7月にはデザイナー三宅一生との企画公演「青森大学男子新体操部」で3000人を集客。16年末にはオランダ遠征を行い、公演に参加するなど海外からのオファーもある。OBにはあの有名なサーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」で活躍するメンバーもいる。YouTubeといった動画サイトで国内の演技が拡散されているのも海外で認知されている大きな要因だ。

青森大男子新体操部は「BLUE」に向けた練習を重ねる。バック転でも息はぴったり
青森大男子新体操部は「BLUE」に向けた練習を重ねる。バック転でも息はぴったり

■日本の文化としての新体操

 世界選手権もなければ、五輪種目にも採用されていない。それでも注目を浴びる。中田監督は「海外に行くと驚かれる。なぜお前らは向かい合って飛べるのかと。なぜ互いを信用できるのかと言われる」と笑う。近距離での交差するような宙返りといった動きはタイミングや距離を間違えれば、大けがにもつながる。だからこそ、互いが「絶対に成功する」という信頼感を作り上げなければならない。

 海外には「アクロ体操」と呼ばれるアクロバティックな競技があるが、演技は最大でも男子4人まで。6人、または今回の公演「BLUE」のように数十人が一斉に演技ができるのは男子新体操だけ。わずかな時間の演技を繰り返し、繰り返し練習し、演技のタイミングをすりあわせて成熟させていくのは、至難の業だ。大学選手権などの団体演技は3分間だが、その演目を作るのに12月から8月まで半年以上を費やす。

 新主将になる大岩達也(3年)は「新体操は限界がないんです。こだわり抜いて、去年をこえないといけないと思うし、追究すれば伸びしろがある。終わりがない」と話し、演技構成やシンクロ性といったものを突き詰めていくと時間がないという。

 3分の間にいかに密度の濃いものを表現するか。個々の演技、乱れることのない協調性などは日々の練習の積み重ねがなければ生まれない。中田監督は「海外に行くと日本の文化としての新体操を感じる。体の使い方や筋肉の緩急といった部分もあるけど、お国柄的な、みんなで1つのものを作り上げる大和魂的なものがある」と日本人の勤勉性や協調性といったものが現れると説明する。

練習中に指示する青森大男子新体操部の中田吉光監督
練習中に指示する青森大男子新体操部の中田吉光監督

■20年東京五輪の舞台でも

 取材中、驚いたことがあった。練習場に到着し、タクシーから降りるとビシバシと視線を感じる。目を向けると青森大の選手たちが動きを止めて、こちらを注視しているのだ。一歩練習場へと踏み出した瞬間に大岩主将が外に出てきて、あいさつをくれた。取材の件を告げる前に中では他の部員がスリッパを用意し、椅子や荷物の置き場所を確保。正直、やり過ぎだろうと思うほどのおもてなしをいただいた。

 一見、過剰とも思える行動だが、彼らにとってはこれが演技につながるという。前主将の原田幹啓(4年)に理由を尋ねると、明快な答えが返ってきた。「新体操は周りをみながら動きを合わせる。だから感じ取らなければいけないんです。この人は何かをしようとしているとか、こう考えているのではないかとか。気持ちとかを想像して、動く。日常からの徹底力とか“先見力”というものを磨いていかないと」と説明してくれた。協調性が重要な競技だからこそ他者の心を読み、動く。日常からアンテナを張らなければできないという考えに感嘆してしまった。

 中田監督は「先見力」「準備力」「徹底力」と説明するが、「指示待ちではなく、自分で考えて行動できる人間にならないと。社会人として通用する人間力も磨かないといけない」と競技だけでなく人間力も表現につながると話してくれた。

 日本生まれで、日本独自の進化を遂げる男子新体操。国際化の進む柔道などと比べると異質に映るが、日本固有の競技として突き抜ければ文化として発展していくのではないか。全世界で親しまれる競技になってほしいと願う半面、独特の「おもてなし」ができる集団であってほしい。唯一無二の集団、青森大男子新体操部。パフォーマンスを3年後の東京五輪でも見てみたい。【島根純】

 ◆島根純(しまね・じゅん)1986年(昭61)12月11日、東京・足立区生まれ。10年入社。整理部から野球部、14年1月に東北総局へ異動。プロ野球楽天担当を経て、現在は東北6県のスポーツ全般を取材中。