春を感じさせる桜があっという間に散り、気付けば平昌オリンピックから2カ月が経過しようとしている。スポーツ界の主役も「夏の競技」に移る中で、冬の主役たちは来季に向けて、心技体をさらに成熟させる時期に入っている。それはフィギュアスケート界も同様だ。

全日本選手権で女子SPの演技を見せる白岩(2017年12月21日撮影)
全日本選手権で女子SPの演技を見せる白岩(2017年12月21日撮影)

 2月、オリンピックの興奮の裏側で多くの選手は4年後への再スタートを切っていた。その1人が女子の白岩優奈(16=関大KFSC)。シニア1年目を戦い抜いた有望株は、驚くほど早く、22年北京オリンピックへと頭を切り替えた。

 17年12月23日、東京で行われた全日本選手権の女子フリー。ショートプログラム(SP)8位の白岩は、合計191・69点で演技を終えた。得点表示を待つ「キス・アンド・クライ」では右隣に座る浜田美栄コーチと手を握り合いながら、こう言い切った。

 「先生、来シーズンはトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)やります!」

 「うん、頑張ろうね」

 まだ後ろに7人の演技を控えていたが、決意は固まっていた。最終順位は9位。取材エリアでは「他の選手の気迫とか、勝ち気がすごく感じられました。それに比べたら私は(オリンピック切符を)狙いには来ていたけれど、200%の『取るぞ!』っていう気持ちはなかったんじゃないかなと思います」と悔しさをにじませながらも、冷静に自分を分析していた。

世界ジュニア選手権SPの白岩(2017年3月17日撮影)
世界ジュニア選手権SPの白岩(2017年3月17日撮影)

 普段から作り笑顔とは無縁の柔らかな表情が映え、海外遠征時の相方はお気に入りの人気キャラクター「ムーミン」のグッズ。そんなあどけなさをのぞかせながらも、選手としては「いぶし銀」だ。この表現が正しいかは分からないが、今季の取材を通してそう感じるシーンが多くあった。

 17年10月4日、関西空港。グランプリ(GP)シリーズ前のリハーサルとなる「フィンランディア杯」への出発前、「3回転ルッツ-3回転ループ」の連続ジャンプへのこだわりを教えてくれた。肝は2つ目の3回転ループ。白岩はニッコリと笑った。

 「私、ループがすごく好きなんです。リンクでも暇さえあれば『ループ跳んどこう』ってなるんです」

 この連続ジャンプは平昌五輪金メダリスト、アリーナ・ザギトワ(15=ロシア)の代名詞だ。報道ではよく「4回転ジャンプ」や「トリプルアクセル」といった大技が取り上げられるが、この「3回転ルッツ-3回転ループ(通称ルッツループ)」も難度が高い。元世界女王の安藤美姫さんらも得意としてきた。

 他の女子選手の多くが得点源として用いる連続ジャンプは「3回転ルッツ-3回転トーループ(通称ルッツトー)」。トーループは最も難度が低いジャンプのため、それをループにすれば基礎点が上がる。双方とも右足で踏み切るが、トーループはその際に左足のトー(つま先)を突く。

 そのため最初の3回転ルッツで少々バランスを崩しても、次を3回転トーループにしておけば、左足のトーを突きながら多少の修正ができるのだという。一方で「ルッツループ」であれば、ルッツを右足で着氷後に左足のトーを突かず、そのまま右足で跳び上がるため難度が高くなる。

 「ルッツループを跳ぶときは、ルッツがちょっとでもゆがんだら(ループは)跳べないんです」

 練習では何度も成功させている「ルッツループ」の難しさを分かりやすく説明してくれた白岩は、落ち着いた声でこう言っていた。

 「でも、あまりみんなが跳んでいないからこそ、私が跳びたいなと思います」

 その口調は弾んでいた。柔らかさの中にある、芯のようなものを感じた。

 最終的に今季はオリンピックに向けての完成度を重視し、主要大会での「ルッツループ」導入は見送った。それでも練習では「3回転ルッツ-3回転ループ-3回転ループ」の3連続ジャンプを決めたこともあり、3月の国際大会では「ルッツループ」をプログラムにも組み込んだ。

 さらに、どちらかというと「ルッツループ」に強い興味を示していた白岩が、全日本選手権のリンク脇で自ら誓った大技トリプルアクセルの習得。簡単ではないが、そこに並々ならぬ覚悟があるのだと想像した。

グランプリ(GP)シリーズ・フランス杯女子フリーの演技を終え笑顔の白岩(2017年11月18日撮影=PNP)
グランプリ(GP)シリーズ・フランス杯女子フリーの演技を終え笑顔の白岩(2017年11月18日撮影=PNP)

 全日本選手権後に「他の選手の気迫とか、勝ち気がすごく感じられました」と語ったように、シニア1年目は多くの発見があった。

 17年11月のGP第5戦フランス杯ではコストナー(イタリア)の伸びのある滑りに見入ったことを明かし「スケーティングの方にも時間を使いたい。表現ももっと伸ばしたい」と声を弾ませた。

 同杯のSPで3位に入り、上位3人の記者会見で壇上に上がった際には「ここにいるのが自分自身ビックリ」と初々しく照れた。

 練習では絶好調だったが、試合本番で苦しんだ同年10月のGP第4戦NHK杯の悔しい思い出も、全てが貴重な経験だ。

 白岩だけでなく、それぞれが4年後の北京へ、横一線でスタートしている。オリンピックシーズンに真正面からぶつかったからこそ生まれた、新たな感情や決意。思い思いのオフシーズンを経て、次の秋がやってくる。変化の1つ1つを見つける来季が、取材する側も待ち遠しい。


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、フィギュアスケートやラグビーなどを中心に取材。