先月、世界ランク1位のリディア・コがコーチを変えた。プロ転向から世界一になるまで長年タッグを組んでいたデビッド・レッドベターとのペアを解消したのだ。


●女王の決断


 リディア・コが選んだ新しいコーチは、くしくも以前レッドベターアカデミーのヘッドコーチを務めていたゲーリー・ギルクリストだ。ギルクリストは日本でもおなじみのポーラ・クリーマーやフォン・シャンシャン、昨年、全英女子オープンで勝ったアリヤ・ジュタヌガンなど女子プロの育成に定評のあるコーチだ。

 では、レッドベターが女子プロの育成を苦手としているか、と言えばもちろんそんなことはない。しかもギルクリストのコーチングの本流は、レッドベターのメソッドである。

 ではなぜリディア・コはここまで成功を共にしたコーチとの決別を選んだのか。


●「3C」すべてを変えたのは両親の意向


 フロリダ州オーランドでレッドベターにコーチ変更の理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。

 「今回の事はリディアの両親の決断だ」

 決別の理由は技術的な取り組みや方向性の違いが原因ではないという。

 「私がティーチングをしてから、初めて長い間リディアの成績が低迷した」

 実際、直近のリディア・コは昨年の7月にマラソンクラシックを勝って以来、優勝から遠ざかっている。私はリディア・コが11月のTOTOジャパンクラシックで来日した際に実際にプレーを見たが、確かにスイングに迷いのようなものがあった。レッドベターの提唱する正確性を重視した「Aスイング」をベースにしながら、さらに飛距離を求めようとする葛藤がスイングから見て取れた。

 しかし彼女は現在でも世界ランク1位を保持しており、レッドベターとの間にも目標に対する方向性の違いはなかった。けれどもリディア・コの両親はこの勝てなかった半年を重く受け止めた。コーチばかりかクラブ、キャディに至るまですべてを取り換えたのだ。

 「両親は私を始め3C(coach、club、caddie)全てを変えてしまったんだ」

 そう話してくれたレッドベターは、どこかもの悲しげだった。

リディア・コ
リディア・コ

●コーチを変えて成功するパターンとは


 プロがコーチを変えるときは、成績が下降している時だ。人間関係のこじれでもない限り、勝ち続けているときにコーチを変える選手はほとんどいない。

 しかし成績が下降しているときにコーチを変えて、うまくいく選手とそうでない選手がいる。

 前者は変える理由が明確な場合だ。「こういうスイングがしたい、こういう選手になりたい」という明確な意思があれば、どんなコーチについても大抵うまくいく。

 ではうまくいかない選手はどうか。これはズバリ、方法論を求めている選手だ。「成績が上向く方法はないか」「取り組み方を変えることでスランプから脱却できるのではないか」と考えるタイプだ。このように方法を探している選手は、必ずと言っていいほど失敗をする。

 自分自身と向き合って原因を突き詰めて考えず、安易に他に答えを求めるからだ。

 タイガー・ウッズはキャリアで4回もコーチを変えている。彼の場合は成績が良かったときにコーチを変えたことからもわかるように、まぎれもなく前者だ。

 例えば最初のコーチであるブッチ・ハーモンからハンク・ヘイニーに変わった際は、「バンプ(左サイドへの体重移動)を抑えて下半身の負担を減らし、スイングプレーンと入射角を安定させたい」という明確な意図があった。現在復活に向けてタッグを組んでいるクリス・コモとも、「故障した腰への負担の少ないスイングを作る」という明確な目標をもって取り組んでいる。

 今回リディア・コの両親が下したコーチの変更は、残念ながらうまくいく方法論を求めての決断だ。もちろん何かがうまくいっていないときに気分転換や起爆剤的に、これまでの取り組みを見直す必要がある場合もあるが、コーチ、クラブ、キャディを全て変えてしまうのはかなり危険だ。

 それでもリディア・コの場合、スランプが深刻でないことや、もともと持っている才能が桁外れであるから、今回の決断がキャリアを左右するような失敗にはならないかもしれない。

 最後にレッドベターは、コンビの解消を前向きにとらえるとしながらも、リディア・コについてこんな言葉を残した。

 「彼女は自分自身で決断をすべきだった。たとえそれがどんな結果を招いても、彼女の成長には必要なことだ」

 ペアを解消してもなお、リディア・コの将来を想う気持ちに変わりはなさそうだった。世界女王の復活をもっとも心待ちにしているのは、レッドベターかもしれない。


●アマチュアがコーチを変えるべきタイミング


 アマチュアはできるだけコーチを変えないほうが得策だろう。練習頻度が少ないアマチュアはスイング技術が体になじむのに時間がかかるためだ。スイング構築の方向性を明示し、動きのクセを理解してくれて、粘り強く指導してくれるコーチがいれば変える理由はない。

 しかし、人によってはコーチを変えなければいけないタイミングがある。

 それはコーチの言うことが信じられなくなったときだ。

 不信の原因は技術的な知識、指導方法、コミュニケーション、性格的な相性などさまざまなものがあるだろう。

 このコーチでいいのだろうかとモヤモヤした気持ちでゴルフに取り組むことが一番良くない。

 アマチュアの場合は自分自身がどれだけ納得して真剣にゴルフに取り組めるかが最も大事なポイントだ。


●コーチの想い


 「仕事とはいえ、別れは寂しいものだ」

 コーチという職業には出会いと別れがある。レッドベターほどのコーチになれば数えきれないほどのドラマがあったはずだ。レッドベターが来日した際に行ったすし店で、ポツリと出た言葉に哀愁と共感を覚えたことを記憶している。世界的な巨匠コーチたちはたくさんの別れを糧に成長してきたのだ。

 コーチは指導する立場だが、生徒から教わり、学ぶことが多々ある。感謝の念からコーチは自分が関わらなくなったとしても、生徒のゴルフ人生が充実してほしいと願うものだ。もしあなたのゴルフ人生に好影響を与えたコーチがいたら、今でもどこかであなたのゴルフを応援してくれているはずだ。

左からレッドベター氏、リディア・コ、筆者
左からレッドベター氏、リディア・コ、筆者

 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)