「PGAツアーの選手はほとんど練習をしない」

 というと若干語弊があるが、ツアー開催中の練習場で、長時間に渡って山のようにボールを打つ選手はほとんどいない。これはショット練習だけでなくパッティングの練習でも同じことが言える。


●練習場にいるが球を打たない


 過去に全米オープンを制したグレーム・マクダウェルや、マット・クーチャーのパッティングコーチをつとめるマイク・シャノンというパッティングコーチがいる。

 アーノルド・パーマーやジャック・ニクラスにもパッティングのアドバイスを送ったことがあるという長いキャリアの持ち主で、型にしっかりとはめたオートマチックなストロークの指導に定評がある。スタンス幅やボール位置など、データを使って細かく分析して、その黄金値を選手に当てはめていく手法だ。

 今回のマスターズでもクーチャーらの調整のため、火曜の練習日に試合会場に姿を見せていた。練習グリーンで選手を見ていたが、文字通りほとんど見るだけで、技術的な指導は基本的なストロークの確認にとどめていた。


手嶋多一
手嶋多一

●長時間練習は故障のリスクもある


 アメリカではゴルフをはじめ他のスポーツでも、”量をこなす”練習が推奨されることはあまりない。特に試合前に重要視されるのはいかに”結果の出る調整”をするかだ。技術的に成熟したトッププレーヤーたちの抱える問題は、ほんの少しのズレからくるもので根本的な解決が必要な場合はほとんどない。コーチ達は選手たちが感じるほんの少しのズレを解消するために、技術的な指導に加え、考え方や気持ちの切り替えなどをアドバイスして試合へ送り出す。

 「あんなに長い時間練習をして故障をしなければいいが…」

 ある試合会場で夕暮れ近くまで残って練習する松山英樹を見て、ヘンリク・ステンソンなど欧州選手を多く指導するベテランコーチのピート・コーウェンが心配そうに言っていた。

 「私は現役時代に長時間練習をして毎日何百発もボールを打っていた。それが原因で背中を痛め、プレーヤーを断念せざるを得なくなってしまったんだ。」

 ゴルフは選手寿命の長いスポーツとされるが、若いうちからの疲労の蓄積は選手寿命を短くしかねないリスクもはらむ。タイガー・ウッズのように才能あふれる選手でもけがによって思い通りのパフォーマンスが発揮できず苦しむ選手は多い。

 「彼は本当に熱心で、常にベストを尽くそうとする。それは非常に素晴らしいことだ。ただ、もっと自分が持って生まれた才能を信じるべきだ。彼にはものすごく大きな才能がある」

 コーウェンの言うように松山は努力のできる天才だろう。マスターズ会場でも熱心に練習をしていたが、背中や手首などを痛めた時期があっただけに、今後の試合でもコンディションを保って試合で活躍することを期待したい。


●欧州NO・1コーチがおススメする地味練


 「今もう一度やり直せるとしたら、ボールを打たない練習をたくさんするだろうね」

 コーウェンは自身が欧州ツアーで活躍していた選手時代に戻れるとしたらどのような練習をするかという問いにこう答えた。

 「体に動きを覚え込ませるようなボールを打たない練習を重視する。なぜなら、ただボールを打つだけでは、いたずらに体と脳を混乱させるだけだからだ。ボールを打つと結果ばかりを見てしまい、その結果を作り出す動きに集中できない。だからショットを打つプロセスを繰り返すことが重要なんだ」

 日本の男子ツアーで長年、第一線で活躍を続ける手嶋多一。もうすぐシニアツアー入りも見えてきた48歳は”もっとも練習をしないプロ”と言われるほど、練習に充てる時間が少ない。優勝争いをしている大会や、メジャーであっても練習場ではほとんど球を打つことをしないそうだ。

 手嶋の練習ラウンドを観察した際、頻繁に自分が写る鏡やガラス窓に向かってシャドースイングをしている姿を見かけた。細かいポジショニングと基本動作を確認しているようだった。ラウンド後も練習場へは足を運ばないが、ホテルにクラブを持ちかえり、基本動作のチェックに余念はないという。

 手嶋は球を打って一喜一憂するよりも基本動作を確認しながら体に覚え込ませ、年々エネルギッシュな若手が流入してくるツアーでシード権を確保し続けてきたのだ。元来、”真面目で勤勉な気質”とされる日本人において手嶋は特異なタイプだ。日本では球を打てば打つほど「頑張っている」と評価されるような風潮がある。

 フィル・ミケルソンは手嶋同様、試合会場で球を打たない練習を頻繁に行っている。メディスンボールという重いボールを投げることでスイング中の動きを体に覚え込ませる練習を行っているのだ。手嶋はPGAツアー流のボールを打たない調整方法を実践していると言えるかもしれない。


●アマチュアは反復練習が大事


 「アマチュアはとにかくボールを打とうとする」

 前出のピート・コーウェンはアマチュアが上達しない問題点をこう指摘した。

 アマチュアはラウンド前になると駆け込みで練習場に向かい、不安に思っている点を打ち消そうと、必死に練習のパターンが多い。しかし、そういった練習で不安を打ち消せることはほとんどない。逆に時間をかけただけ不安を増幅させるだけだ。一夜漬けでスコアが良くなるほどゴルフは甘くない。

 アマチュアのスコアが不安定なのはスイングの基礎的な部分が固まっていないことからくるものだ。だからアマチュアは日ごろからの反復練習が重要になる。ボールを打たず、クラブすら持たなくても行える練習はたくさんある。現在スイングの課題になっている点を繰り返し丁寧に練習してほしい。

 寒さが収まり、夏の暑さまではまだ遠いこの時期。基礎作りにはもってこいのスキルアップ期間だ。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)