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[English]
山見てばかり百歳の日向ぼこ (やまみてばかり ひゃくさいの ひなたぼこ)
百歳を迎えた老人が暖かな日溜まりの中で日向ぼこをしています。まるで大樹となったかのように、あるいは瞑想をしているかのように、じっと動かず山の稜線を見続けたままの日向ぼこ。しかし、その老人の脳裏には、百年という長い月日を生きた深い思いが静かによぎっていることでしょう。
ただ山を見ているだけではなく、過ぎ去った遠い日々を思い出しているような、もしくは今の世を遠くから眺めているような遠まなざしの日向ぼこ。百年を生きたからこその日向ぼこです。
[季語] 日向ぼこ
[季節] 冬
息白く喧嘩を止めに行つたきり (いきしろく けんかをとめに いったきり)
どこかで喧嘩が始まったと聞き、白息を吐きながら大急ぎで止めに行った人。ところが、出かけていったきり、さっぱり帰ってこないのです。
だいたい、喧嘩を止めに行こうなどという人は、実は喧嘩が大好きだったりするもの。止めるというのは口実で、自分も参戦したいのです。
結局、出かけていったきり、今ごろは喧嘩の中心にいるのか、あるいはその喧嘩を肴にお酒でも飲んでいるのか……。出掛けの息の白さは、慌てながらも期待と興奮でワクワクしていた白息だったのです。
[季語] 息白く
[季節] 冬
富士山に雲ひとつなき懐手 (ふじさんに くもひとつなき ふところで)
冬晴の真っ青な空にそびえたつ日本一の山、富士山。富士山は、日本人にとって特別な山。そんな雲ひとつない美しい富士山に向かい、懐手をして立ったまま微動だにしない男性がいます。
「懐手(ふところで)」とは、和服を着た際、寒さを凌ぐために懐に手を入れることで、和服ならではの仕草です。
張り詰めたような寒気の中、富士山と対峙した懐手の男性。両者の間に漂う緊張感、厳粛であらたまった空気感……。富士山を目の前にしたときの日本人ならではの深い感慨が伝わってくるような情景です。
[季語] 懐手
[季節] 冬
しばらくは大樹を見上げ年賀客 (しばらくは たいじゅをみあげ ねんがきゃく)
新年となって間もなく、親戚や知人、近隣、仕事関係先などを訪ね、新年の祝詞を述べ合う「年賀」。目上の方を訪ねる時には、玄関先で一度呼吸を整えたりするものですが、その際、訪問先の庭の大樹をしばらく見上げていた年賀客。
樹齢何十年もの大樹なのでしょう。その大樹は、訪ねたお宅の大きさや威厳、これから挨拶をする相手の貫禄などの象徴のよう。大樹を見上げながら、相手への尊敬や感謝の思いを、始まったばかりの一年に対する意気込みなどを新たにしている年賀客です。
[季語] 年賀客
[季節] 新年
一舟を端に加へし初景色 (いっしゅうを はしにくわえし はつげしき)
新年となって初めて見る景色を「初景色」と言います。私の故郷は、山と海に囲まれています。故郷で新年を迎えると、初日が昇ってくる海を初景色として捉えることが多いのですが、初島が見え、真鶴半島が見えるその初景色の中には、いつも必ず小さな舟が浮かんでいるのです。
初景色の中にさりげなく浮かんだ一艘の小さな舟。その舟があることで、初景色の静けさや穏やかさが際立ち、一層おめでたい景となっているように感じます。
[季語] 初景色
[季節] 新年
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