黛まどか「17文字の詩」タイトルカット



[English]

空青すぎて桜貝こはれさう

 桜貝は、赤ちゃんのつめのように本当に薄くはかない、淡いピンク色の貝。数年前に三重県を訪れたとき、生まれて初めて浜辺で桜貝を見つけました。

 その日は、雲ひとつない快晴。降ってきそうなほど真っ青な空の下でたくさんの桜貝を拾ったのですが、桜貝は帰路の途中で壊れてしまうのではないかと、持ち帰るのをためらうほどのはかなさ。拾った桜貝を手のひらに乗せ、あらためて見ていると、まぶしい春の日差しが降りそそぐこの濃い青空の下では、持ち帰るどころか、手のひらに乗せているだけでも壊れてしまいそうに思えたのです。

 掲句は桜貝を詠った写生句ですが、桜貝のはかなさはどこか、恋をした女性のあやうさ、壊れやすさも連想させるような気がします。

[季語] 桜貝
[季節] 春


今引きし単語を忘れあたたかし

 数年前から英会話の勉強を始め、私なりに一生懸命勉強をしています。わからない単語が出てくる度に辞書で調べるのですが、辞書を閉じた瞬間にもう忘れてしまっていることもしばしば。

 もともと、“海外旅行に行ったときに使えればいいな”とか、“外国人の友人と少し会話が楽しめればいいな”といった気軽な気持ちで始めた英会話。これが海外赴任や留学など、生活に必然の勉強であったならもっともっと真剣なのでしょうが、年に数回行くか行かないかの海外旅行のための英会話では、気持ちもゆるみがちなのです。

 「さっき引いたばかりなのに、なんだったっけ……?」

 春の暖かさの中で、のんびりと英語の勉強をしている私です。

[季語] あたたか
[季節] 春


購ひし風船のすぐ飛びたがる

 子供のころ、祖父にねだって真っ赤な風船を買ってもらったことがあります。ところがその風船は、幼かった私がほんの一瞬指をゆるめたすきに、高く高く空へと飛んでいってしまいました。欲しくて欲しくてようやく手に入れたのに、すぐに飛んでいってしまった風船……。

 失ったり、壊れたりするとわかっていても、どうしても手に入れたいと思うものがあります。しかしそれは、手にした瞬間からもうすでに消えたがっているかのよう。どれほど大切に扱っても、いつか壊れてしまう、失ってしまうという不安感を抱き続けていかなければならないのに、人は、そんな壊れやすいものほど欲しがるように思えてなりません。

 例えば、“恋”もそういうもののひとつなのかもしれませんね。

[季語] 風船
[季節] 春


船笛にかき消されたる春愁

 生活のサイクルが変わるためでしょうか? それとも、これから訪れる新緑の季節の生命力やエネルギーに圧倒されるためなのでしょうか? “春”という季節には、はっきりとした理由もわからない愁いにふっと心が覆われることがあります。

 このときもそうでした。ある春の一日、一人で訪れた港町のカフェの一席に座ったまま、いつの間にか物思いにふけってしまっていた私。突然鳴った派手な船笛に、ハッとわれに返ったのですが、春愁を忘れたのはその一瞬だけ。船笛の余韻が消えるか消えないかのうちに、私の心はまるでその物思いを楽しむかのように、かすかに甘い春の愁いの中を再びたゆたい始めたのです。

[季語] 春愁
[季節] 春




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