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茨城代表 常総学院 (3年ぶり7度目)

茨城大会の写真

茨城大会決勝(水戸市民)
 藤  代
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    21031100×|8
 常総学院
 【藤】市村、井坂―都井
 【常】村上―上田祐

常総学院が圧勝!春夏連覇だ

▼7月28日付紙面より

 さあ、春夏連覇だ。センバツ優勝の常総学院が茨城の夏を圧勝した。藤代との決勝は2発を含む11安打8得点。チーム通算6本塁打の大会記録で春夏連続、夏は7度目の出場を決めた。愛知は弥富(やとみ)が春夏を通じて初甲子園を手にするなど6代表が名乗りを上げた。西東京は日大三が創価との準決勝を5試合連続のコールド勝ちで突破、決勝へ進出した。

(写真=勝利の瞬間、マウンドで両腕を突き上げる村上の元へ走り寄る小林主将(右)と上田祐)

重量バット

 「木内マジック」から巣立った常総ナインが「己の力」で3年ぶりの夏の切符を勝ち取った。藤代の最後の打者が左飛に倒れるとマウンドに全選手が突進。甲子園出場決定を意味する歓喜の輪を、木内幸男監督(70)はベンチから静かに見詰めた。「今大会は力と力の勝負だった。私の力で勝った試合は1つもない」と目を細めた。

 準決勝に続き先制を許した。1回表を終了して0―3。しかしセンバツVの実績と県内無敗の自信は揺るがなかった。その裏、4番横川史学(2年)が右翼スタンドへ2ランを放ち追撃ののろしを上げた。

 4回には1死満塁から小林が走者一掃の二塁打を放ち逆転。トドメを刺したのも再び小林だ。6回1死、直球を振り抜いた打球は左翼スタンドに吸い込まれた。「みんなにつなげようという気持ちがホームランにつながっています」と笑みがこぼれた。

 大会期間中の打撃練習で各選手のバットの重量を平均で200グラムアップ。連戦の疲労でバットの振りが鈍くなっても、試合で軽いバットを使用することによりスイングスピードは一定した。その効果で今大会では大会記録を更新するチーム6本塁打を放った。

誕生日祝い

 大会期間中の12日に70歳を迎えた監督に恩返しの意味を込めた1戦でもあった。「今日の勝利が監督への良い誕生日プレゼントになったでしょう」と小林。名将と激戦区を力で勝ち抜いた常総ナインが、史上6校目の春夏連覇に向けて走り出す。

◆Vへの足跡◆
2回戦 17―0麻生
3回戦  5―1佐和
4回戦 11―1土浦三
準々決勝 3―1土浦湖北
準決勝  4―3竜ケ崎一
決勝   8―5藤代

 ◆木内幸男(きうち・ゆきお)1931年(昭和6年)7月12日生まれ、茨城県出身。57年に取手二の監督に就任。春夏合わせて6回の甲子園出場を果たし、84年夏に全国制覇。同年9月に常総学院へ移り、以来今回で春夏合わせて12回、甲子園へ導いた。

 ◆常総学院 1983年(昭和58年)に創立、同年に野球部も創部した。生徒数は2150人(うち女子926人)。部員数64人。甲子園は春5回、夏7回出場。うち優勝1回、準優勝2回。OBに巨人仁志、日本ハム金子がいる。


リベンジ失敗

 藤代 初の決勝戦進出で2年連続敗退を喫している因縁の相手に挑んだが、センバツ王者の壁は厚かった。初回に3点を先制するなど打線は好調だったが、4失策2暴投の拙守で自滅した。持丸修一監督(53)は「走・攻・守・監督どれをとっても向こうの方が上だった。甲子園へ行くのはそう甘くない」と肩を落としていた。


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