▼7月31日付紙面より
明豊が創立3年目で甲子園出場をつかみ取った。先発の嶋田裕丈(3年)2番手・酒井哲朗(3年)3番手・波多真之(3年)の3投手リレーで、藤蔭を本塁打1本だけの1安打1失点に抑え、春夏を通じて初の甲子園を決めた。
嶋田は先発して3回までに5奪三振、5回までノーヒットの力投をみせた。6回に背中の痛みと左肩に違和感を覚え、ソロ本塁打を浴びたところで降板した。嶋田は「まだ投げられたかもしれないが、あとの2人を信頼していたので、自分で監督さんに(マウンドから)降ろしてくださいと言いました」と話した。その期待にこたえて2番手酒井、3番手波多がノーヒット・リリーフで締めくくった。
明豊の前身はダイエー城島らがOBの別府大付。99年に女子校の明星と合併して明豊が生まれた。野球部は県外から多くの人材を集めて甲子園を目指したが、ほかに有名大学入学を目指す「特編部」もある。学校の中では「東大合格者が出るのが先か、それとも甲子園出場が先か」の争いもあった。来春初めての卒業者を出す前に野球部が快挙を達成。黒仁田享主将(3年)は「僕らが学校の伝統をつくっていく」と、甲子園での新たな伝統つくりを誓った。
◆ダイエー城島 「勝ったのですか。僕のときと監督や先生もかわっているけれど、甲子園に行ったのはやっぱりすごいですね。頑張ってほしいです」
(写真=優勝した明豊ナインは、校歌を歌い終えガッツポーズで三塁ベンチ前に駆け出す)