左腕エース清原3安打完封!
【7月29日付紙面より】
一気に16代表が名乗りを上げた。エースの「意地」が光った。最大激戦区の神奈川では、桐光学園の左腕エース清原尚志(3年)が強打の東海大相模を3安打完封。夏初出場を決めた。
エース清原が気迫の完封Vだ。9回1死一塁。東海大相模5番・渡辺馨を迎えると、一塁側から「キヨハラ! キヨハラ!」の大合唱。「いい励みになりました」と声援を力に、こん身の直球でこの日7個目の三振に仕留めた。最後の打者は一ゴロ。一塁佐藤がキャッチすると、ベースカバーの清原はジャンプ一番、両手を天に突き上げた。わずか3安打、この夏3度目の完封勝利だ。入学してから繰り返した「2年連続決勝敗退」の屈辱を、やっと晴らした瞬間だった。
初優勝に沸くナインはマウンド近くで抱き合った。だが、歓喜の輪にヒーロー清原はいなかった。大ジャンプで力は使い果てた。飛び込もうともせず、外から眺めていた。9回に入ると左足はつり、左手指はけいれんした。「カーブが多すぎたかも。握力もなかった」と、初体験のけいれんを振り返った。初の決勝マウンド、大観衆、そして打率3割9分4厘の東海大相模打線。消耗も無理はなかった。「大舞台を楽しもうと、リラックスしたつもりでしたが、バテました」と笑顔にも疲労の跡がはっきりしていた。
「いつも寝ているが、マウンドでは違う」がナインの清原評だ。部室で、移動で、時間があればすぐに寝る。決勝前夜も「9時半には寝ました。睡眠が一番」と話した。目覚めたのは投球だけではない。7回1死二塁、右前適時打で貴重な2点目を挙げた。「春の県大会で東海大相模に敗れてる。自分の三振で流れを止めたので、今日は絶対打ちたかった」と、打撃も気迫で振りきった。
初めて胴上げされた野呂雅之監督(41)は「優勝はゴールではなくスタート。清原には『甲子園で戦えるよう練習しろ』と言います」。4度目の決勝進出でついに勝った。新しい歴史をつくったエースが甲子園で輝くまで、熟睡はお預けだ。【金子航】
| Vへの足跡 |
2回戦: 2−0横浜商大高
3回戦: 8−1城山
4回戦:12−3武相
5回戦:10−3法政二
準々決勝: 1−0相洋
準決勝: 8−4平塚学園
決勝: 2−0東海大相模
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◆桐光学園 1978年(昭和53年)創立。野球部創部も78年。生徒数1769人(うち女子は609人)。部員は49人。昨春センバツで甲子園初出場。主なOBはレジーナMF中村俊輔。所在地は川崎市麻生区栗木3の12の1。小森照文校長。