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●出場32校●

北海道・東北(3)
北海道 札幌日大
秋田 秋田経法大付
山形 酒田南
----------------------
関東・東京(6)
栃木 宇都宮工
埼玉 浦和学院
群馬 前橋
茨城 水戸短大付
東京 日大三
東京 二松学舎大付
----------------------
東海・北信越(5)
愛知 中京大中京
愛知 愛工大名電
三重 津田学園
福井 福井商
富山 新湊
----------------------
近畿(6)
兵庫 報徳学園
大阪 金光大阪
京都 平安
和歌山 智弁和歌山
兵庫 三木
大阪 大体大浪商
----------------------
中国・四国(6)
岡山 関西
広島 広島商
広島 広陵
香川 尽誠学園
高知 明徳義塾
徳島 鳴門工
----------------------
九州(4)
熊本 九州学院
鹿児島 樟南
宮崎 延岡工
福岡 福岡工大城東
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21世紀枠(2)
北海道 鵡川
島根 松江北
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第73回 センバツ決勝


2001年 /  2000年 /  1999年 /  1998年 /  1997年
【01年4月5日付紙面より】
 常総学院7−6仙台育英

全員野球で仙台育英を下し初優勝

 常総学院(茨城)が仙台育英(宮城)を7―6で下し、3年ぶり5回目の挑戦で初優勝を飾った。最後は1点差に迫られたが、細かい継投の全員野球で逃げ切った。16安打の強打にスクイズと多彩な攻めで接戦を制した。7番三浦将志外野手(2年)が3安打3打点と活躍、日替わりでヒーローが生まれた。木内幸男監督(69)は取手二時代の1984年(昭和59年)夏に続き、異なる2校での優勝を果たした。


◇4日◇開始12時31分◇観衆23,000
【常総学院】   打 得 安 点 1 2 3 4 5 6 7 8 9
(遊)稲石浩之  5 1 0 1遊失三振……遊ゴ左飛……右飛……右犠
(左)出頭大祐  4 0 1 0一ギ四球……右2……三振……三振三振
(捕)上田祐介  5 1 3 0三安……中安中飛……三ゴ……左2  
(三)小林一也  4 1 1 0投失……中安遊ゴ……四球……三飛  
(一)持田貴弘  1 0 0 0四球……三振…………………………  
二右
   大崎雄太朗 3 1 1 0……………………左2三振……一邪  
(二一)
   横川史学  4 2 2 1三振……投安……投ギ……二ゴ……一安
(右中)
   三浦将志  5 1 3 3左飛……右2……右安……三ゴ……右安
(中投中投)
   村田哲也  5 0 3 1……二安左飛……投安……遊安……一飛
(投)村上尚史  2 0 0 0……投ゴ三失……一ギ……………………
 中 高野浩行  1 0 1 0………………………………捕安…………
 投 平沢雅之  0 0 0 0………………………………………………
 二 熊野秀俊  1 0 1 0…………………………………………左安
――――――――――――――――――――――――――――――――――
               計 40 716 6 残塁13 併殺1
――――――――――――――――――――――――――――――――――
常総学院(茨城=5回目)   7=1 0 3 0 2 0 0 0 1
◆決勝
仙台育英(宮城=8回目)   6=1 0 0 1 0 1 1 0 2
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【仙台育英】   打 得 安 点 1 2 3 4 5 6 7 8 9
(遊)金沢正行  4 2 1 0四球……遊失……三振……三振……左2
(二)中谷 翼  4 0 1 0三ギ……左飛……中飛……中安……二ゴ
(中)佐藤琢真  4 1 3 1一飛……右安…………左2四球……中2
 走 佐藤貴博  0 1 0 0………………………………………………
(三)菊池俊夫  4 1 3 3中3…………左本……左安死球……三ゴ
(左)村山 徹  5 0 2 2三邪…………捕邪……右2三直……中安
(右)堀純 和  5 0 1 0……左飛……中直……一ゴ……中安三振
(投)芳賀 崇  4 0 1 0……捕邪……中安……遊ゴ……三邪  
(一)嶋田俊次  4 0 0 0……三振……二ゴ……遊ゴ……二ゴ  
(捕)近藤晃洋  3 1 0 0…………二飛……三振……四球三振  
――――――――――――――――――――――――――――――――――
               計  37 612 6 残塁9 併殺0
――――――――――――――――――――――――――――――――――
      回数    打者  球数  安 三 四 死 失 責
○村上(右)5・0/3 23  71  7 3 1 0 3 3
 村田(左)1・1/3  7  26  1 1 2 0 1 1
 平沢(右)  0/3  1   2  0 0 0 1 0 0
 村田(左)2・2/3 11  29  4 2 0 0 2 2
…………………………………………………………………………………………
●芳賀(左)9     47 143 16 7 3 0 7 5
◇本塁打 菊池2号(村上)
◇盗塁  熊野(9回)
◇失策  金沢(1回)芳賀(1回)菊池(3回)稲石(3回)堀(5回)
◇走塁死 村上(2回)三浦(3回)金沢(3回)中谷(7回)
◇暴投  芳賀3(2回=2、6回)
◇時間  2時間6分
◇審判  中本(球)岡本、生越、赤井(塁)

 [戦評] 常総学院は同点の3回1死一、三塁から横川がバント安打となるスクイズ。1点を勝ち越して一、二塁となると、今度は強攻して三浦が2点二塁打を放った。5回も無死二塁からバントで走者を進めて適時打。なおも1死三塁の場面で、またもスクイズで6点目をもぎ取った。勝利を引き寄せたのはバントでの揺さぶりだった。



木内幸男監督、甲子園2度目のV

 常総学院  甲子園2度目の胴上げは、50歳以上も年の離れた16人が支えた。今大会最年長の69歳。小刻みな投手リレーで逃げ切った木内監督は「高校野球なのに、と批判はあるかもしれませんが優勝戦ですからやらせてください」。お立ち台でも笑顔は絶えなかった。

 取手二監督時代の84年夏に続く2度目の全国制覇。異なる2校での優勝は65年夏に三池工(福岡)70年夏に東海大相模(神奈川)の原貢氏以来。その強さの秘けつは「観察力」と「その試合に適した選手の起用」だという。

 この日も仙台育英の守備練習を見て、バント攻撃で揺さぶった。スタメンは折り込み広告の裏に書き留める。「あれこれ考えていると、(紙が)こんなになっちゃうんだよ」と手で示す紙の厚さは5センチほど。相手チームだけでなく自軍の観察も怠らない。

 理想は池田(徳島)の攻撃野球。「『木内マジック』と人はいうけど、そんなもんねぇ。毎年やりたい野球は違うからね」と笑い飛ばし、常総学院の副理事長を務めるも「グラウンドが仕事場」と言い切る。

 「若いころは理屈をつけて野球をやっていた。今は子供たちと野球をするのが楽しい。かわいくてしょうがないよ」。選手の話になると目じりが自然と下がる。敬語を使っていては本音が聞き出せないと、対等な立場でコミュニケーションを取ってきた。

 ポケットマネーで携帯カイロを買い込んだり、筋力トレーニングで頑張った選手にはハンバーガー店でごちそうしたりと気配りを忘れない。監督として17年ぶりの全国制覇は、監督と選手の「距離」を縮めて築き上げた信頼関係でつかんだ。  【横山元保】

◆アマ球界の高齢監督 1982年(昭和57年)センバツ大会に出場した明徳(現明徳義塾)の松田監督は、当時76歳で1勝した。甲子園優勝監督では「攻めダルマ」こと蔦監督(池田)が86年春優勝時に62歳。72年春優勝の香椎監督(日大桜丘)は、還暦を迎えたばかりだった。大学野球では明大の島岡監督が89年(平成元)に77歳で死去するまで監督、総監督を務めた。

◆木内幸男(きうち・ゆきお)1931年(昭和6年)7月12日生まれ、茨城県出身。土浦一高では主将を務め、遊撃、中堅としてプレーする。母校の監督を経て、57年に取手二の監督に就任。春夏合わせて6回の甲子園出場を果たし、84年夏に全国制覇を成し遂げた。同年9月に常総学院へ移り、以来春夏合わせて11回甲子園へ導いた。現在は副理事長。趣味は釣り、ゴルフ。家族は千代子夫人。


芳賀崇、痛恨7失点 東北勢の初Vならず

 仙台育英 大旗は、またしても白河の関を越えなかった。仙台育英が1989年(平成元)夏以来12年ぶりに挑んだ決勝の舞台は、東北勢で初の全国制覇がかかった一戦。終盤の猛攻で1点差まで詰め寄りながら、あと1歩及ばなかった。5試合すべてを1人で投げ抜いたエース芳賀が「優勝旗を持ち帰るという、皆さんの期待にこたえられなかった」とチームの思いを代弁した。

 ここまで無失策だった野手陣が、初回、5回といずれも失点につながる失策。準決勝の宜野座戦で14奪三振と好投した芳賀も、3暴投に悪送球でリズムに乗れず、中盤までに6点を失った。佐々木順一朗監督(41)は前日3日夜、平常心を保つため「勝利へゲンのいい夕食を出したい」というホテル側の申し出を辞退していたが、期待を背負う重圧は予想以上だった。

 それでも打線は4回、菊池の大会2本目の左翼ソロをはじめ、9回裏には1死二塁から2本の適時打で1点差に詰め寄るなど、最後まで全国制覇への執念を見せつけた。嶋田主将は「力の差より精神面の差だった。必ず夏に戻って再挑戦したい」。今大会を含め、東北勢が決勝で喫した敗戦はいずれも2点差以内。仙台育英の快挙が、新世紀における東北高校野球の可能性を感じさせた。 【山下健二郎】


センバツあらかると

◆決勝両チーム最多安打 両軍28安打は大会最多。これまで最多は1975年(昭和50年)高知―東海大相模(延長13回)、79年浪商―箕島の26安打だった。

◆決勝戦16安打 決勝の1チーム最多は69年三重の17安打で、82年のPL学園と並ぶ2位タイ。

◆3投手でV 決勝戦で投手3人を起用した優勝は大会初。複数投手を起用して優勝した例は8度あったが、いずれも2人だった。

◆準決勝延長勝ちは強い 準決勝で延長戦に勝ったチームは常総学院で19チーム目だが、決勝の成績はこれで14勝5敗(直接対決1度を含む)。

◆最少完封 今大会の完封試合は2回戦の藤代1―0四日市工だけ。完封1試合は最少で24年(参加8校)25年(12校)50年(16校)に次いで51年ぶり。

◆雨天延期なし 今大会は昨年に続いて雨天中止による延期がなかった。2大会続けて延期なしは52、53年以来48年ぶり。

◆芳賀が48奪三振 芳賀(仙台育英)が今大会48個の三振を奪い、センバツ大会ランクでは33年吉田(中京商)53年太田(伏見)71年渡部(日大三)に並ぶ8位タイ。1位は73年江川(作新学院)の60個。

◆6得点で準優勝 決勝で6点以上奪って敗れたのは79年の箕島8―7浪商以来2度目。

◆茨城が宮城に初勝利 過去の茨城対宮城は茨城県勢が夏の大会で2敗、春は今大会の藤代が仙台育英に敗れ計3連敗していた。


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