◆私立横浜高校 1942年(昭和17年)に横浜中学として設立。47年に本牧中と合併し、48年の学制改革で横浜高になった。男子普通科だけで特進、一般、体育の3コースがある。野球部は46年の創部で、73年の春は初出場初優勝、80年の夏は全国制覇。主なOBに鈴木尚典(横浜)愛甲猛(中日)らがいる。所在地は横浜市金沢区能見台通46の1。黒土創校長(70)。
関大一・久保596球悔いなし
関大一 エース久保は、最後までマウンドに立ち続けた。甲子園5試合、596球を投げ抜いた。横浜との決勝戦。松坂との投げ合いは被安打13、3失点の完敗だった。疲労で直球が伸びず、変化球はキレを欠いた。「右腕を休ませてあげたい。でも悔いはないです。燃え尽きたって感じです」と笑った。試合後、ウインドブレーカーで丁寧に右肩を覆った。負けた悔しさより、投げ抜いた充実感が漂った。
「上には上がいるんだな……」。試合終了の瞬間、マウンドで跳びはねる松坂を眺め、久保は素直にそう思った。小雨の中、一つのロージンバッグは、交代で使った。そのたびに「ナイスピッチ」「お互い頑張ろう」と声を掛け合った。松坂もまた、疲労と闘っていることを知った。「夏まで、松坂君を目標に頑張ろう」。敗北を認め、夏での雪辱の糧にした。
「努力は、人を裏切らない」。久保は、尾崎光宏監督(58)から受けたこの言葉を胸に刻んできた。高校入学後、自宅では真夜中でも久保の部屋からバタバタと音がした。「練習で疲れてるはずなのに鉄アレイやら何やらやってるみたいでした」と父雅俊さん(51)。
試合後、満員の三塁側スタンドでは「尾崎コール」が沸き起こっていた。「照れくさいな」。白髪をかきながら、ほおを赤らめた尾崎監監は「基本を守れば、甲子園でも勝てると確信した」と話した。69年ぶりの甲子園。「尾崎野球」は確かに花開いていた。【牧野真治】
無念!本盗失敗
唯一の好機も自滅した。6回、2死三塁から三塁走者・中本の本盗は、失敗に終わった。「松坂君が振りかぶっていた。慌てさせればボークを誘えると思った。うまくはまったと思ったんですが」と中本は唇をかんだ。松坂の慌てた投球に、ボークをアピールしたが、審判の判定は本盗失敗のまま。奇襲は、実らなかった。
センバツあらかると
◆150キロ 横浜の松坂が2回戦の報徳学園戦でスピードガン普及後では甲子園最速となる150キロの直球を投げた。そのほかにも沖縄水産の新垣が147キロ、高鍋の矢野が146キロをマークするなど速球投手が目立った。
◆手話宣誓 京都西の三好剛主将(3年)が開会式で史上初の手話による宣誓を行った。
◆新記録 今治西は2回戦の東筑戦で大会新記録となる一試合8二塁打を放った。また同試合で大会タイの一イニング4二塁打もマーク。
◆さらば甲子園 PL学園の中村順司監督(51)が今大会を最後に勇退した。同監督の58勝(10敗)は甲子園出場監督で最多。
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