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芸能人こっちも本業 マジにやってます
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 落語家・桂文珍(53)
少年時代の空への夢かなえた

【8月23日紙面より】

桂文珍

 「空飛ぶ落語家」桂文珍(53)。コックピットに紋付きはかまを積み、操縦かんを握る。文珍は90年8月に自家用航空機操縦士免許、94年4月には計器飛行証明免許を取得し、仕事にも活用する。「広島、宮崎、長崎での仕事を1日に軽くこなしますからね」。先月、岐阜県可児市と東京・新宿での公演がWブッキングし、チャーター機移動などで話題を呼んだ狂言師の和泉元彌(28)にふれ「和泉さんなら無理なところ、私なら1人でやりますわ」と大笑いする。

 文珍が空へ夢をはせたのは、中学時代。ソ連(当時)のガガーリンが人類初の宇宙旅行に成功し、パイロットを夢見た。しかし、文珍はすでに視力が悪く「あきらめて落語を仕事にしたんですが、趣味を仕事にしてしまったので、今度は趣味がなくなった」。仕事が軌道に乗っていた39歳の時、少年時代の夢をかなえるべく動いた。

 「ちょうど映画『トップガン』でトム・クルーズが女性教官と恋に落ちておりまして、あこがれました」。電話帳をめくり航空会社に電話。航空会社のある八尾空港を訪ねた。「ところがこの教官。ゼロ戦のテスト・パイロットやったおじいちゃんでしたわ」。

 当時の料金でも1時間3万6000円かかるフライト訓練。芸能活動に加え、関西大での非常勤講師など、多忙を極める中、文珍は「朝に訓練、昼から寄席とテレビ。夜は学科の勉強。寝る間もなかったけど、人間、忙しい方が勉強できるものです」と振り返る。学科試験、実地試験ともに一発で合格した。普通は、ここで満足するが、悪天候などの条件下でも飛行できる「計器飛行証明」に挑戦。布で顔面を覆い視界が無いまま、計器だけを見て飛ぶ訓練を受けた。

 「やるからには極める」が信条の文珍は、今、自由に操縦かんを操り空を飛ぶ。「仕事終わって、ああ白浜行きたい、とか思い付いたら飛んでいきます」。滑走路から飛び立つ時は「自分の肩から翼が伸びていく感じ」。空中に広がる雲海には、感動で体が震える。「雲の中からジャンボ機がドーンと飛び出してくるのは、ホエール・ウオッチングの世界ですわ」。

 文珍の所有機は、ドイツ製の「スピード・カナード SCOIB−160」で、日本には1機しかないという。免許取得に1000万円以上、機体には数千万円を投資したが、金額の問題ではないという。「『僕は何々ができる』という自信。真剣勝負の世界へ追い込んで、自分のポテンシャルを高めることへの自己資本投資のようなもんです」。【村上久美子】

(写真=愛機に乗る桂文珍(90年ごろ撮影))


 ◆桂文珍(かつら・ぶんちん)本名・西田勤。1948年(昭和23年)12月10日、兵庫・篠山町生まれ。69年、桂小文枝(現・文枝)に入門。74年、月亭八方、故林家小染さん(先代)らと「ザ・パンダ」を結成。創作ネタにも精力的に取り組み、著書も「落語的学問のすすめ」など多数。乗馬とバイクのツーリングも趣味。

 ◆自家用航空機操縦士免許 16歳以上で、一般的な健康体であれば、だれでも挑戦可能。航空身体検査を受けた後、航空局操縦訓練許可書が交付され、操縦訓練に入る。操縦士訓練証、無線免許の取得などを経て、ソロフライトの訓練に入る。フライト訓練とは別に、学科試験もあり、航空工学、航空気象、航空通信、航空法規、航空航法の5種類の試験にすべて合格した後、1年以内に実地試験をパスしなければならない。総費用はケースにもよるが、文珍の場合は約1000万円だった。

 ◆計器飛行証明免許 自家用操縦士免許は、天候も良く自らの目で状況が視認できる状況下でのみフライトすることが可能。これに対して、視界が悪くても計器で判断してフライトできるのが、この免許。難度は格段に高く、文珍が取得した際には「認可番号が通算で5000番台だった」という。



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