
番外編
マルベル堂7代目三ツ沢博社長に聞く
マルベル堂のプロマイドが誕生して今年で80年になる。第1号の栗島すみ子から、これまでに約2400人のプロマイドが制作、販売されスターとファンの懸け橋になってきた。7代目社長の三ツ沢博さん(53)が、こぼれ話を明かした。
「スターは星、つまり地上にはない特別な存在なんですね。ところが、アイドルはどこでもいる平凡なもの。写真を撮りながら、この子はスターになる、アイドルで終わってしまうという勘がよく働きました」。三ツ沢さんは東京・浅草のマルベル堂本社でプロマイド全盛時代を懐かしそうに振り返った。
三ツ沢さんは全盛時代、タレントや事務所と交渉を行う渉外担当を務めていた。浅草のマルベル堂スタジオやロケ場所で三ツ沢さんが立ち会い、カメラマンがシャッターを切る。「スターに対しては1にアップ、2は目線が来ている(視線をカメラに向ける)、3で笑って。この3点を注文してプロマイドをつくりました。10カットしか撮りませんからカメラマンは一発必中の心構えでした」と話す。
マルベル堂は現在「潟}ルベル」としてレストラン経営、企業の社員食堂の受託運営などが事業の中心となっている。だが三ツ沢さんは、あくまでプロマイド販売が主要事業だという。「80年間、大衆に夢をプレゼントしてきた企業として、今後も情熱を燃やし続けるのが義務」。
かつてスターたちが通ったスタジオは取り壊されマルベル堂ビルに変わった。レストラン、美容室などが入ったビルの中には「長谷川一夫メモリアルルーム」がある。衣装、脚本、サイン色紙などが展示されたこの部屋が、プロマイド全盛期の名残を感じさせた。【小林秀夫】
■裕次郎らズラリ
50〜60年代の日本映画黄金時代は、カメラマンが映画各社や撮影所を訪れてプロマイドを撮影することも頻繁にあった。マルベル堂には、日活トップスターたちを一堂に集めた写真が残されている。60年、東京・調布の日活撮影所の昼休みに食堂の脇でパチリとやったものだ。石原裕次郎、赤木圭一郎、吉永小百合らスターがずらりと顔をそろえている。あくまでも記念写真で、プロマイドとして発売はされなかった。
■お宝ひばりの水着姿
グラビアの水着に対抗して、マルベル堂でも浅野ゆう子らの過激な水着のプロマイドで勝負した時期があった。水着のプロマイドは戦前からあり、第1号は女優月丘千秋といわれる。美空ひばりも積極的に協力、横浜の自宅のプールで撮影したプロマイドが人気を呼んだ。ファンには、お宝になったはず。
■色男に激怒!力道山
日本でプロレスが流行し始めた55年、人気絶頂力道山のプロマイドが発売され、飛ぶように売れた。ただし、撮り直しのトラブルがあった。黒タイツ姿の力道山を練習場で撮影したのはいいが、写真の見本を見た力道山は激怒、「こんな色男に撮りやがって、許さん!」と破り捨ててしまったという。マルベル堂が力道山の顔を修整してスターのプロマイド調にしたのが怒りを買った。ゴツゴツして強そうな写真に撮り直してOKが出た。
◆特選ひばり集 マルベル堂では創業80周年記念「美空ひばり特選プロマイド集」を通信販売している。29枚の貴重なプロマイドを収録。1冊1万500円、送料無料。注文は、はがきに郵便番号、住所、氏名、電話番号を明記の上、〒111・0032東京都台東区浅草1の30の6、マルベル堂新仲見世店まで。(電話)0120・03・9921。
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