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MF明神智和 柏(24歳=02年5月31日現在) 歴史をつくる男たち


転校…自己チューから転向
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MF明神智和  最終メンバー発表を待たずに「代表内定」をもらった男がいる。トルシエ監督の申し子、明神だ。同監督から「明神は不可欠な存在。試合の流れを変える切り札となる第2グループのリーダーになる」と、ただ1人、事実上のメンバー入りを示唆されている。

 コンビを組んだボランチが攻撃参加すれば後方に残り、DFがオーバーラップすればDFラインに入る。チームのために個を捨て、豊富な運動量で攻守のバランスを取る。自らは目立つことはないが、常に周囲に気を配り、献身的に動き回る。このプレーのスタイルが、1人のスーパースターより、規律、組織を重んじるトルシエ監督の考えにぴったりマッチした。

 きっかけは「転校」だった。小学5年生まで神戸にいた。今では想像すらできないが、そのころはガキ大将だった。常にチームの中心のストライカー。周囲のことに気を使うでもなく、わがままに振る舞っていた。しかし、千葉・流山市に引っ越して性格が変わった。いや、変わらざるを得なかったのだ。「友達をつくるための本能でした」。

 多感な小学校の高学年。神戸から千葉への転校は、大きなカルチャーショックだったに違いない。明神少年は、自分から新しい環境に溶け込むために努力をした。自分を犠牲にしても、周囲に気を使うようになった。ボランチ、DFなどほかの選手の力を引き出すためのプレーが好きになったのもこのころだった。

 「注意されたら、今度は同じことを言われないようにする」。常に相手の立場で考えるから、監督が何を求めているかも瞬時に判断できる。柏の宮本行宏強化部長は「誰の注文でも受け入れる。頭がよく、応用力があるから、誰が監督でも、どんなシステムでも合わせることができる」と証言する。謙虚に他人の意見を受け入れる性格が、急成長につながった。

 代表ではベンチにいることも多いが、腐ることはない。「そりゃあ選手である限り、スタメンで出たい。でも、常に万全の状態をキープすることがサブの仕事だから」。自らが輝くのではなく、ほかの選手を輝かせる。明神は、本番でも黒子に徹する。【田口潤】

明神智和(みょうじん ともかず)

 ◆生まれ 1978年(昭和53年)1月24日、神戸市生まれ。
 ◆サッカー歴 兄の影響で小学2年から始める。93年、千葉・小金高進学とともに柏ユース入りし、3年時にはサテライトリーグに出場した。96年に柏入り。
 ◆Jリーグ成績 147試合5得点。00年ベストイレブン。
 ◆代表歴 97年ワールドユース8強、00年五輪8強。
 ◆A代表 00年2月13日、アジア杯シンガポール戦でデビュー。
 ◆趣味 買い物、パソコン、読書。
 ◆サイズ 173センチ、66キロ。A型。

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PLAY ZONE

明神のプレーゾーン  「僕はほかの選手みたいにテクニックがないから…」というのが口ぐせ。抜群にドリブルがうまいわけでもない。鋭いラストパスを連発するわけでもない。しかし、チーム全体のバランスを取りながら、相手にプレスをかけ、攻守の起点になる。4月のスロバキア戦後半24分、体を入れて相手からボールを奪い、中村へ渡したのも明神らしいプレーだった。

 もともとボランチだが、トルシエ監督によって右サイドでも起用されることが多くなった。小野、中村、三都主と攻撃的な選手が左サイドだけに、右サイドから中に絞ってスペースをカバーする。右サイドのポジションでも、基本的に役割はボランチと変わらない。

 173センチの体は代表の中では小柄。圧倒的な体格差のある外国人選手に対しては、豊富な運動量、巧みなポジショニング、ボールを受ける角度、ヘディングのタイミングをずらすなど細かい工夫でハンディを克服している。

スロバキア戦、後半24分の明神のプレー


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