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<挑戦と進化> 小野は毎日、集中して戦っている。クラブと違い、代表には常に籍を置いていられるわけではない。調子が悪ければ、あるいは監督の戦術に合わなければ外される。シドニー五輪でまさかの代表落ちを喫した小野だからこそ、身にしみている。W杯のためにも、今のフェイエノールトでの試合を大切に戦っている。
「メンバーに入るかどうかなんて分からない。五輪の時はケガも続いてたし、チームがJ2ということもあった。だけど、行けなかったことに対して後悔はしてない。昔のことよりも、今はW杯という目標を目指してやっている。みんながどう思っているか分からないけど、僕の中では前回のW杯に出たことはカウントしてませんから」。
18歳で臨んだ前回大会では、わずか11分間の出場機会しかなった。もちろん、満足できるはずはない。代表に入るだけでなく、ピッチでプレーすること。それが実感できなければ、小野のW杯はやって来ない。
「(W杯での目標は)いい大会にしたいということだけ。(名前を)売り込むためとかそういうのが目標じゃない。ピッチの上に立つこと、それが目標ですね。今は、ここで結果を出すということがW杯につながると思って1試合1試合に集中してます」。
98年のプロ入り後、天国と地獄を味わい、挫折と復活を繰り返してきた。今年はどんな年になるのか。
「今年は『挑戦と進化』ですかね。1試合1試合、自分のイメージするサッカーを追求していきたいと思っています」。
<サイド論> 三都主が加わり、代表の左サイドの争いは一層激しくなった。それでも、一番手には小野がいる。トルシエ監督から大きな信頼を寄せられているからだ。2人のサイドに対する考え方は一致している。
「サイドをドリブルで崩してクロスというのも評価されるだろうけど、僕はそういうタイプじゃない。中へ中へと入り込んで、そこからうまく展開して、もう1回自分がもらってゴールを狙うとか、そういうことをやっていかなければならない。中への意識を持ってやっていく」。
トルシエ監督は、タッチライン沿いを攻め上がる選手より、中へ切れ込むタイプの選手を好む。左の場合、三都主、中村ら「中」で仕事ができる選手ばかり。イングランドのベッカム、ポルトガルのフィーゴと同じだ。
「中に行くことで、守っている相手も困る。ゴールにつながるボールを味方に出したい。自分で決められれば最高。ゴールが評価されるということは確かにあって、その意味でゴールという結果は欲しい。ゴールにつながるパスでもいい」。
もちろん、攻めだけではない。日本代表では、守備も必要とされる。
「それくらいできないと世界では戦えない。(フェイエノールトでも)早いポジションどりを心がけてます。自分が仕掛けていけば、相手も上がれなくなる。そうなればこっちのものだと思う。相手が上がれない状況をつくるのがベストです」。
(写真=インタビューに対し、丁寧に答えるフェイエノールトの小野)
<国際経験>
オランダでプレーする半年間に得た経験は大きい。トヨタ杯を制した世界一のバイエルンとも2回対戦。世界と戦うのがW杯だが、小野はクラブで世界最高峰の力を体験している。
「(欧州では各国の)上位のクラブは外国のチームと戦える。オランダだけじゃなく、いろいろな国のチームとやれる喜びがある。世界王者(バイエルン)とか、チャンピオンズリーグに出てくるようなチームには、有名で、テレビで見た選手がたくさんいる。一緒に試合をするのはいい経験だし、不思議な感覚ですね」。
オランダにもPSVとアヤックスという強豪があるが、アヤックスに1敗、PSVとは1分け1敗と勝ちがない。
「オランダは上位と下位の勝ち点差は開いているけど、下のチームだってそう簡単には負けない。何が起こるか分からないみたいなところはあります。アヤックスとPSVは別格? やっぱりそうですね。個々の力みたいなのが違う。素晴らしい選手がいっぱいいる。うちのチームにもいい選手はいっぱいいますけどね」。
ホームとアウエーの違いも実感。サッカーの本質を感じた。日本では知り得ないことだった。
「アウエーの方が、ホームよりも自分の力が落ちる。そういうのは初めての経験。日本と違ってオランダでは、前泊(試合前日に移動して宿泊すること)なんてめったにない。試合の日に2〜3時間バスに揺られていく。そんな中で試合をやる。体は重くなる。移動時間が長くなれば、寝ちゃうし、寝すぎたりすると、頭がボーッとしたまま試合に臨むことになる。そうなったら困るから、寝すぎに注意してます(笑い)」。
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◆小野伸二(おの・しんじ)1979年(昭和54年)9月27日、静岡県沼津市生まれ。今沢中−清水商を経て、98年に浦和入り。同年に日本代表入りし、フランスW杯にも出場。Jリーグでは、新人王に輝いた。99年のワールドユースではチームを準優勝に導くとともに、ベストイレブンにも選出された。昨年、フェイエノールトに移籍。175センチ、74キロ。家族は千恵子夫人(22)。
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