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【バックナンバー】

<第24回>
トルシエ監督のパーソナルアシスタント フローラン・ダバディー氏1

 日本代表フィリップ・トルシエ監督(45)に常に寄り添い、言葉だけでなく、喜怒哀楽まで訳す青年、フローラン・ダバディー氏(26)の役割は、単に通訳にとどまらない。「パーソナルアシスタント」といった方がふさわしい。指揮官が最も信頼する、このパリジャンがいなければ、これまでのトルシエ・ジャパンの成長はなかったし、2002年W杯での日本代表の活躍もないだろう。日本と日本人を心から愛するダバディー氏の熱い胸の内を、4回にわたって紹介する。

おたく談議で指揮官励ます

ダバディー氏の写真
 おはようございます。わたしは、トルシエ監督のパーソナルアシスタントです。2002年W杯を目指して、日本代表のために仕事しています。1998年12月、知人に紹介され、この仕事に就きました。最初は「通訳」でした。でも、99年の南米選手権後、監督から「パーソナルアシスタントになってくれ」と言われました。通訳を超え、いろんなアドバイスを求められるようになったのです。

 ただ、周囲には簡単に受け入れられませんでした。サッカーの専門家ではないからです。しかし、監督の考えは革命的でした。最後は自分で決めるのですが、コーチやわたしだけでなく、トレーナーや総務の人にも意見を求めます。専門家とは違うアプローチがあるかもしれないというのが理由です。「独裁者」のように映るかもしれませんが、あらゆる視点からの意見を受け入れるのが、トルシエ監督なのです。

 昨年12月、正式に「パーソナルアシスタント」の肩書を得たのですが、この仕事をまっとうする自信はあります。わたしはだれにも負けない「サッカーおたく」です。世界中のリーグを、1週間に15試合はテレビで見ます。やはり「おたく」の監督とは「最近のパリSGはダメだな」とか、サッカー談議で盛り上がります。そういった話をするのも務めです。言葉の通じない日本で「孤独」を感じてしまうことのある監督を、励ますことも必要ですから。

 通訳だけなら優れた人はほかにいます。常用漢字は完ぺきに読めますが、通訳の勉強はしてませんからね。最初は、選手も戸惑ったと思いますよ。監督が「ほえる」言葉をそのまま訳してしまい、意味が理解できなかったのも分かります。監督のフランス語だって「いや、もう、ダメ、あ〜」とか、めちゃくちゃな言葉の流れもあるんですが、選手の方は、早くその言葉の意味を知りたがります。わたしも焦って、監督の言葉を追ったこともあります。

 「監督の怒っていないところでも叫んでいる」とも指摘されます。1年前、柏の平山が初めて五輪代表候補の合宿に来た時、見逃せない悪いプレーをしたので、怒鳴ってしまいました。監督が見ていれば怒ったという確信があったので、そうしたのです。監督の考え、コンセプト、選手に対する接し方は、完全に理解しているつもりですので。

 そういえば、以前、スポーツ番組で「トルシエ監督の通訳は、日本語を完全に理解していない」とか言われて、悔しい思いをしました。最近は、わたしの存在意義を理解してくれる人も増えました。「シドニー五輪での涙がきっかけになった」という人もいます。あの涙の訳は、あした話しましょう。

(構成=柳田通斉)

(写真=トルシエ監督(右)とダバディー氏)

 ◆フローラン・ダバディー 1974年11月1日、フランス・パリ生まれ。父親は、名作映画「潮騒」などを手掛けた著名な脚本家ジャン・ルー・ダバディー氏、母親は元雑誌編集長、祖父はフランスリーグの古豪ラシング・パリの会長という良家で育った。高校卒業後、渡米し、ジャーナリズムを学ぶ。その後、パリ東洋語学院で日本文化を専攻。静岡大留学も経験した。98年6月に同学院を卒業。同10月に再来日し、映画雑誌「プレミア日本版」編集部で編集者を始める。同12月にトルシエ監督の通訳となり、2000年12月正式にパーソナルアシスタントの肩書になった。身長190.5センチ。趣味は温泉巡り、日本食の食べ歩き。


あすはフローラン・ダバディー氏2「シドニー五輪の涙」です


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