ニッカンスポーツ・コムへ
インデックスサッカーTOP

【バックナンバ ー】

<253回>夢舞台を待つ選手たち/名古屋GK楢崎正剛

苦境に焦らぬ名手の自信

 血染めのユニホームが記憶に新しい。1年前のシドニー五輪準々決勝の米国戦。楢崎は味方DFと接触して左前頭部を骨折。そのままピッチに立ち続け、ゴールを守った。PK戦で敗れたが、日本を代表する守護神として強烈にアピールした。ホスト国として迎える来年W杯でも、ライバル川口能活(横浜)から代表正GKの座を奪うかに見えたが、青天の霹靂(へきれき)が待ち受けていた。

 今年3月のフランス戦で、0−5の大敗。楢崎自身の失敗もあった。「もう少しできるはずだった。グラウンドでのパフォーマンスにも開きがあった」。ばん回を期した4月のスペイン戦では、川口に奪われた。コンフェデレーションズ杯でもベンチを温め、6月に招集されたキリン杯以降は代表から漏れてしまった。

 思わぬ苦境だが、プレースタイル同様、冷静に現状を分析。焦りはない。「(代表に)ふさわしくないプレーをしているとみられただけ。Jリーグでよければ、すぐに復帰できると思っている」。川口のようなハデさはないが、シュートコースを予測する能力、冷静さ、そして的確な判断力に支えられたポジショニングのうまさは国際級。「人のことは気にせず、基本に忠実に自分がレベルアップすればいいと思っている。(自分が1番?)そりゃ、そう思ってますよ」と自信を持っている。

 本来ならば、今回の欧州遠征にも参加しているはずの日本屈指の名手は、黙々と技術に磨きをかけながら、回ってくるはずの出番を待っている。【村上正洋】

 ◆楢崎正剛(ならざき・せいごう)1976年(昭和51年)4月15日、奈良県香芝市生まれ。三和小でサッカーを始める。奈良育英高では93年に高校総体、94年に総体、国体出場、選手権ベスト4。95年、横浜F入団。99年の横浜F消滅で名古屋へ移籍する。98年2月15日、豪州との国際親善試合で代表デビューし、Aマッチ出場は通算15試合。00年シドニー五輪にも出場した。185センチ、76キロ。


・nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
Copyright2001,Nikkan Sports News.