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<262回>夢舞台を待つ選手たち/清水MFアレックス
現在の代表にとって、アレックスが未知の魅力にあふれていることは疑いない。スピードに乗れば止められないドリブル、糸をひくようにネットを揺らすFK。左足から繰り出される2つの武器を兼ね備えた存在は、日本のどこにも見当たらない。完成段階を迎えたトルシエ日本にとって、残された最後の、そして最大の起爆剤と言っていい。 FKの原点は、94年W杯アメリカ大会にある。準々決勝のブラジル−オランダ戦。ブランコのFKによる決勝点で母国ブラジルが収めた劇的な勝利に、来日1年目だったアレックスは明徳義塾高の寮で大声を上げた。「ブランコのFKで涙が出た。これがW杯なんだな、と思った」。以来、左足の鍛錬に没頭。その衝撃を大切に育て、自分のものにしていった。 ドリブルは「やってて楽しいが基本」という。「ブラジルにいたころから、何でパスしないんだって言われるくらい、ドリブルしてた」。Jリーグ初ゴールは97年5月29日、福岡戦で見せた60メートルドリブルからの左足シュート。当時の清水アルディレス監督に「1対1になったら抜いていけ」とお墨付きをもらい、長所を伸ばしていった。「縦にドリブル突破するから」という理由で、最も好きな代表プレーヤーは東京V三浦。やはり個人技で勝負する南米サッカーの血が流れている。 あとは申請中の日本国籍取得を待つだけ。「やるだけのことはやったし、早く認めてほしい。いろんな人にまだか、って聞かれますからね。サッカーに集中したい」。左サイドだけでなくFWもできる秘密兵器は、法務省からの連絡を待っている。【大塚仁】 ◆アレックス(アレサンドロ・ドス・サントス)1977年7月20日、ブラジル・パラナ州の地方都市マリンガ生まれ。プロ選手だった父の影響で4歳からサッカーを始め小3時にグレミオの下部チームに入団。16歳で来日、高知・明徳義塾高に留学。同校のブラジル人監督カルロスの推薦で卒業と同時に清水入り。1年目の97年にリーグ戦27試合に出場。99年には史上最年少でJリーグMVPを受賞。178センチ、69キロ。家族は両親と妹。
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