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【バックナンバ ー】

<263回>夢舞台を待つ選手たち/横浜DF松田直樹

精神面成長 もうJでは物足りない

 高さ、スピード、強さ、読み、技術…。横浜DF松田直樹(24)はどれをとっても一級品だ。「マツに欠点は見当たらない。武器? すべてにおいて秀でていることですね」。横浜の池田誠剛コーチは自信を持ってそう言い切る。疑いようのない能力を持つだけに「相手をなめて足もとをすくわれる」「すぐに切れてわれを忘れる」と、精神面の課題を長く指摘されてきた。

 横浜M入りした95年、いきなりリーグ戦33試合に出場。年間優勝に貢献した。「こんなものか」と油断した。だぶついた体で臨んだ96年には定位置を奪われた。99年9月にはU−22代表の韓国遠征では控えに回り、我慢できずに「マリノスに帰る」とトルシエ監督に告げて、その後のシドニー五輪アジア最終予選カザフスタン戦の出場を拒否してしまった。

 だが、今は当時と違う。99年11月、長女胡桃ちゃんの誕生を機に責任感が芽生え、サッカーに真剣に向き合うようになった。フランス、スペインなど世界の強豪と戦うたびに「上には上がいる」と自分へ言い聞かせた。練習に集中し、週3回、筋力トレで鍛えてきた。

 収穫のあった今月上旬の欧州遠征だが、表情には寂しさもあった。「自分はこういう機会でしか世界レベルとやれない。セネガル戦のように、Jリーグの後だと、相手の速さ、強さ、間合いに戸惑ってしまう」。

 海外組へのせん望は当然ある。精神面では成長しても、高い能力ゆえにJリーグでは物足りなさを感じている。池田コーチに「本当はだれよりも先に海外に行くべきだった」と言われる松田は、W杯こそステップの場と考えている。今年対戦したアンリ、トレゼゲ、ラウルら一流のストライカーを封じれば、道は開けると信じている。9月に亡くした父正彰さんに「必ず出る」と約束した夢舞台で羽ばたくため、今、松田はすべてのプレーに気持ちを込めている。【柳田通斉】

 ◆松田直樹(まつだ・なおき)1977年(昭和52年)3月14日、群馬・桐生市生まれ。小1でサッカーを始め、群馬・前橋育英時代は92年から3年連続選手権出場。93年U−17世界選手権ベスト8。95年Wユース、96年アトランタ五輪出場。95年に横浜に入団し、Jリーグ通算165試合、5得点。00年2月5日カールスバーグ杯メキシコ戦で日本代表デビューを果たす。国際Aマッチ24試合出場。183センチ、78キロ。A型。


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