ニッカンスポーツ・コムへ
インデックスサッカーTOP

【バックナンバ ー】

<265回>夢舞台を待つ選手たち/鹿島DF秋田豊

高2で目覚めた気迫のヘッド

 鹿島のDF秋田豊(31)は、常に最高打点でのヘディングを意識している。周囲の状況、ボールの飛んでくる角度、練習でも変化をつけて繰り返す。相手ボールをクリアし、セットプレーからゴールを狙うこともできる。「ヘッドは気迫を込めて爆発させる。相手に勝つという気持ちが第一」が、秋田の口ぐせだ。

 ヘディングには愛知高2年の時に目覚めた。日本リーグでのプレーを志し「日本のトップでやるにはひとつ秀でたものがないと。ヘディングは練習すればうまくなる」とこだわった。練習前のウオーミングアップで30本、練習後には「納得する形になるまで」30分以上もヘディングを続けていた。高校時代は土の練習場だったため、ボールについた砂でまゆ毛が削れ、薄くなるほどだった。

 名古屋・稲西小時代は、サッカーよりも投手として野球に没頭していた。豊正中でも野球部に入る予定だったが、同中サッカー部の西脇守監督の熱心な誘いに専念を決めた。「本当は野球の方がセンスがあった。サッカーはDFしかできないし」と振り返るが、他の選手には負けられなかった。1対1の守備を砂場で続け、足腰を鍛え抜いてレギュラーを奪った。愛知学院大時代にバルセロナ五輪予選で対戦したFWに当たり負けし、大学のパワーリフティング部の門をたたいた。週3、4回の筋力トレでヘディングの強さを支える体をつくり上げた。

 鹿島に入ってからもヘディングを重要視する監督に恵まれた。「ヘディングの練習をすると体のキレが出てくるんだ」と秋田。今年はキリン杯で1度招集されただけだが、守備力も得点力もあるヘディングが、日本代表に不可欠になることを信じて、出番を待っている。【藤中栄二】

 ◆秋田豊(あきた・ゆたか)1970年(昭和45年)8月6日、名古屋市生まれ。稲西小3年でサッカーを始める。豊正中、愛知高で全国大会出場。愛知学院大を経て、93年に鹿島に加入。日本代表は95年10月のサウジアラビア戦でデビュー。Aマッチ38試合3得点。


・nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
Copyright2001,Nikkan Sports News.