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【バックナンバ ー】

<269回>夢舞台を待つ選手たち/磐田DF田中誠

柔軟な新「アジアの壁」

 「アジアの壁」の異名をとった井原正巳を継承し、超えていく−。田中こそ、その可能性を予感させるリベロだ。

 実績が物語る。96年のアトランタ五輪でブラジルを完封。21歳当時の磐田は4バックだったが、横浜の松田直樹からフラット3のやり方を聞いただけで、29歳で全盛期だった井原(当時横浜)と同じレベルの仕事をした。今季史上初の完全制覇に迫る磐田でも、昨季第2Sから井原に競り勝って定位置を確保。今季も不動のリベロとして、第2S第10節終了時点でJ最少の通算7失点と鉄壁を統率している。

 井原をはるかに上回る、早い進化を支えているのは、FW、トップ下の経験と探求心だ。清水市の少年サッカーの名門、清水FC時代は、Bチームの攻撃のかなめとして、格上のAチームを破って全国大会に出場した。中学時代に守備に転向したが、今も体にしみついた攻撃の感覚が、相手の攻撃の意図を、だれより素早く的確に読み取るきゅう覚として威力を発揮している。

 清水FCで指導した小花公生氏は「目立たないが、サッカーをだれより好きだった。失敗すると、とことん考えて改善してきた」と振り返る。性格、考え方、取り組む姿勢も、失敗が許されない最終ラインに向いている。

 現代表での定位置確保は厳しいが、本人は「磐田には磐田、代表には代表の戦術がある。合わせますよ」と、戦術同様、柔軟な対応に自信を持っている。田中が井原を超え、さらに進化した分だけ、現在のそして将来の日本代表の失点が少なくなるはずだ。【清水優】

 ◆田中誠(たなか・まこと)1975年(昭和50年)8月8日、清水市生まれ。清水商高から94年磐田入り。98年にベストイレブン。96年アトランタ五輪代表。家族は珠江夫人(27)長女菖(あやめ)ちゃん(1)。年俸は3800万円(推定)。178センチ、73キロ。


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