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【バックナンバ ー】

<277回>夢舞台を待つ選手たち/磐田FW中山雅史

123ゴール築いたオフサイド700回

 中山の武器は、凡人であることだ。J最多のリーグ通算123ゴールは、普通の人だからこそ、できた。さらに言えば、それを自覚していることだ。「オレはへたくそ」。本人は、藤枝東高時代から、そう公言してきた。へただから、人並み以上に頑張らないと追いつけない、一瞬でも気を抜けば追い越される−。中山は必死にもがきながら、天与の才能にあふれるトッププレーヤーとしのぎをけずり、頂点に君臨してきた。

 流した汗の量は、だれにも負けない。磐田のコーチ、トレーナーのだれに聞いても「練習量NO・1」と声をそろえる。特別な理由がない限り、練習は遅刻ゼロ。チームのメニュー終了後は必ず、自主練習をする。長期間のオフ明けの練習初日、コンディションをその日に試合可能な状態にしてくるのは、中山だけだ。

 「失敗」の数も、だれより多い。中山のゴール1点につきオフサイドの数は約6回。123ゴールの裏には、700回を超えるオフサイドがある。何度でもギリギリのタイミングで、裏を狙い続けるからだ。

 練習でも「裏をとる」動きに徹底的にこだわる。いかにDFをつり、裏へ出るか。1歩目は左足か右足か。歩幅は何センチで角度は何度か。リズムはどこにアクセントを置くか。ターンは何歩目か、右回りか左回りか。種類は無限にある。同じ動きを才能で、瞬時に、感覚的にできる選手はいる。しかし、中山は、がむしゃらに、愚直に、しつこく、論理立てて理想の動きを探す。そして、体に刻み付ける。

 中山を支える原動力=気迫、闘志に、衰えはみられない。非凡な凡人は、W杯で再び輝くため、準備を整えている。【清水優】

 ◆中山雅史(なかやま・まさし)1967年(昭和42年)9月23日、静岡生まれ。藤枝東高−筑波大。90年ヤマハ発動機(現磐田)入り。98年MVP。97、98、00年ベスト11。得点王は、98年(36)と00年(20)。J通算123ゴール。A代表46試合21得点。家族は智子夫人(33)。178センチ、72キロ。血液型O。


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