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<278回>夢舞台を待つ選手たち/パルマMF中田英寿
パルマのMF中田が苦悩している。パスは正確性を失い、判断力も切れを欠いている。8試合を終えて1勝5分け2敗で13位。当然、約30億円で移籍してきた司令塔に批判が集中している。それでも中田が自分を変えることはない。イタリア紙にこう話した。「(現状を打破する方法は)あきらめないこと」。 逆境にも決して自分を曲げない「メンタルタフネス」。中田のすごさはここにある。出場機会に恵まれなかったローマ時代も、決して腐らずに練習に取り組んできた。それが最後に生きた。日本人離れした強じんな肉体や戦術眼も「揺るぎない決意」が長い年月をかけてはぐくんだものだ。 サッカーを始めた甲府・北新小時代から、相手を欺く視線と逆方向にパスを出す練習を繰り返した。韮崎高時代には「パスは長い方が有効」との理論を貫き、長いスルーパスにこだわった。何度も失敗した。しかし、妥協しなかった。試合結果より自分のプレーを優先させることもあった。それが現在のパスセンスと戦術眼の基礎を築いた。 現在の不振の原因は分かっている。フィジカルの調整不足だ。パルマはフィジカル練習が少ない。それが大きく影響している。中田はこう話している。「体格からいっても常にトレーニングが必要なタイプで、そうしないと力がすぐ落ちる。もっとマシンなどで鍛えなければならない」。「強い中田」の裏側には地道な努力があった。 「不振の中田」はイタリア戦の日本代表に選ばれた。「今回は集団としての勢いを考えて選手たちを選出した。中田はその1人として必要だ」(トルシエ監督)。W杯本大会は間違いなく想像を超えた苦闘になる。苦境を乗り越えた中田の経験が、メンタルタフネスが、日本代表の大きな力になるはずだ。【首藤正徳】 ◆中田英寿(なかた・ひでとし)1977年(昭和52年)1月22日、山梨・甲府市生まれ。韮崎高から95年に平塚(現湘南)入り。甲府北中3年でU−15(15歳以下)に選出されて以来、各年代の日本代表を経験し、93年U−17世界選手権、95年ワールドユース選手権でベスト8入り。96年アトランタ五輪、00年シドニー五輪にも出場した。97年5月にA代表デビュー。98年W杯フランス大会出場後の同年7月、ペルージャに移籍。00年1月、ローマ、今季からパルマに移籍した。175センチ、68キロ。
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