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スピードスケート代表武田豊樹(28=SHI)を支える親友がいる。オホーツク海に面した北海道斜里町で生まれ、双葉保育所からの同級生高橋慶樹コーチ(28)だ。
レースでラップ表示板を差し出すだけでない。コーチというよりはマネジャー。移動の際のチケットや宿泊先の手配、練習会場への荷物の運搬もこなす。洗濯もする。その分、武田にはスケートに集中してもらいたい、トレーナーのマッサージを受けてもらいたいと思うからだ。冬は大会、夏が合宿と世界中を飛び回る武田に付きっきりで、年に約3週間しか家に帰らない。「最初は抵抗あった。でも、五輪は僕の夢でもある。武田を通じて、五輪の舞台に立って戦える」と黒子役に徹する。
故郷斜里町には人工リンクがなく、気温が氷点下にならなければ天然リンクでは滑れない。幼い2人はスケートシーズンの週末、父母が交代で運転する車に乗り2時間、3時間かけて釧路や帯広に通って練習。夏には自転車で競争した。一緒に釧路緑ケ岡高へ入学。その年のスケート部新入部員は2人だけで、結び付きはより強くなった。
高橋コーチは日体大から東京美装へ進んだ。長野五輪最終選考会の500メートルで初日5位につけたが結局、代表を逃した。その年でチームは廃部になり、東京で目的のないアルバイト生活に入った。そんな時、武田に声を掛けられ、00年6月からコンビを組んだ。高橋コーチの父宏治さん(59)が振り返る。「息子が、おれのような人間でも頼ってくれる人がいたと感激してね。あれから声が明るくなったよ」。1度は競輪選手を目指しながら断念し、再び氷の上に戻った武田には、同じように挫折を経験した幼なじみの力が必要だった。
武田は言う。「言葉で言い表せないほど感謝している」。高橋コーチがこたえる。「そう言われると、本当によかったと思う」。武田がソルトレークシティーのリンクを、文字通りの「二人三脚」で疾走する。【嶽岡晃樹】
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