ソルトレーク2002 nikkansports.com index

Sports top
メーン 大会日程 全種目紹介 五輪情報 五輪連載 長野五輪



スキー複合 (中)
荻原健司

復活へ「先行逃げ切り」から「後半追い上げ」へ

 スキー複合の荻原健司(31=北野建設)が、「先行逃げ切り」から「後半追い上げ」へのスタイル変更で復活する。これまでは前半ジャンプで引き離し、後半距離で逃げ切るのを得意としていた。W杯通算19勝のうち、前半ジャンプ首位で折り返したのは14戦を占める。

 しかし、距離重視のルール変更で、その必勝パターンが崩れた。ジャンプの得点9点を距離1分に換算していたのが、94年に10点1分、98年には12点1分となった。全日本の阿部雅司コーチ(36)は「今はジャンプで逃げ切れる時代ではなくなった」と断言する。荻原はW杯で96年2月に19勝目を挙げて以来、優勝を逃している。

 そこで、タイムアップのための大幅フォーム改造に乗り出した。今季から全日本スキー連盟が招いたフィンランド人のウオテラコーチ(40)の指導を受けている。これまでストックを動かすときに上半身全体を使っていたが、腕と脚力だけで体を運ぶようにした。体の上下動が減り、スキーに効率良く推進力が伝わる。新フォームに耐えられるよう、上半身の筋力強化にも努めた。

 五輪前年、しかも31歳になってこれまで慣れ親しんできたフォームを変えることは大きなリスクを伴う。だが、荻原はこのタイミングしかなかったという。「長野五輪では自分の技術が古くなっていた。あのときは短時間での変更に恐怖感があった。ウオテラコーチが来た、今年にやらないともうできない」。

 新しい走法は確実に体に染み込んできた。夏の複合サマーGPでは、3戦で前半ジャンプから順位を落としたが「雪だったらもっと走れる」と手ごたえをつかんだ。早坂毅代司複合部長(47)も「今の健司の走力なら前半ジャンプがトップでなくても、メダルの可能性は十分」と言う。4度目の五輪のソルトレークシティーでは、唯一取っていない個人のメダルへ挑戦し、キング復活を証明する。【小林明央】

◆荻原の長野五輪後のW杯・世界選手権成績
98−99年シーズンはW杯で2位1度、3位1度の総合7位、世界選手権スプリントで3位。99−00年はW杯で2位2度、3位1度などで総合6位。昨季はW杯でトップ10入り2度、最高5位と表彰台がなく、総合15位と本格参戦した92−93年シーズン以降、最悪の成績。世界選手権も5位が最高。

・nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
Copyright2001,Nikkan Sports News.