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スキーアルペン
木村公宣

30センチ短い板でメダル再挑戦

 長野五輪後に2度の引退危機に直面した男が、力強さを増して戻ってきた。スキー・アルペン回転の木村公宣(31=ロシニョールジャパン)は、五輪シーズンを自信を持って迎えることができた。「いろんなことがあったが、今となれば楽しいと思える。長野五輪前と同じ状況をつくりたい」と、3季ぶりのW杯第1シード(上位15人)復帰に目を向けている。

 メダル獲得を期待されながら回転13位に終わった長野の直後に悪夢に襲われた。98年3月の全日本選手権技術系の2日目(群馬・片品村)に転倒した。右前腕2カ所と右ヒザ下部を骨折し、右ヒザじん帯を断裂した。米国で手術を受け、落ち着いてリハビリできる環境を求めて美和子夫人とオーストリアに移住した。スキー人生最悪の故障に引退が頭をよぎった。

 ケガを治してW杯に本格復帰した99−00シーズンには、再び深刻な事態に直面した。急速に進んだカービングスキーの流れに取り残された。体に染み付いた滑りを捨て切れない。170センチ台の板に変更する選手が相次いだが、184センチの板で戦い続けた。W杯の回転総合47位。30位の皆川賢太郎(エオス)に抜かれて日本のエースの座を明け渡した。「当時は、どこかで賢太郎を認めない自分がいた」。時代に取り残されるという故障以上の苦しみを味わった。

 だが、木村は終わらなかった。「カービングスキー時代の到来は、ある意味チャンス。ゼロから再出発できる」と意識を変え、滑りの改造に取り組んだ。7歳年下の皆川が練習中に口にする言葉にも聞き耳を立てた。昨季のW杯回転総合は皆川の18位に対して21位と、差を縮めた。

 世界4位で迎えた長野五輪は重圧に屈したが、同じ失敗は繰り返さない。「古い人間には合っている」と、皆川より短い160センチ以下の板を選択する。4年前より30センチ以上短い板で、4大会連続の五輪に挑む。【桐越聡】

◆カービングスキー
従来よりも全長が短く、中央部が細くなっている「ひょうたん形」の板。少しの力で鋭いターンができるため攻撃的な滑りが可能になる。97年ごろからモーグル競技にも使われ始め、長野五輪後に主流になった。長さの目安は自分の身長と同じくらい。カービング(Carving)は「彫り込んだ」という意味。

◆木村公宣(きむら・きみのぶ)1970年(昭和45年)10月24日、青森県弘前市生まれ。16歳で全日本チーム入り。東奥義塾高2年でW杯デビューし、同年の世界ジュニア選手権で回転5位入賞を果たす。近大3年のユニバーシアードの回転で、アルペン日本人史上初の金メダルを獲得。W杯の最高成績は97−98シーズン第5戦(スイス・ベイゾナツ)の3位。180センチ、85キロ。

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