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スケルトン
吉岡三喜子

コンタクト3ヵ月400個滑り捨て

 女子スケルトンの第一人者・吉岡三喜子(37=大阪連盟)は、大量のコンタクトレンズをなくす。壁にぶつからないように、そりの上でも目をつぶらない。滑りながら、じっとコースを見る。するとレース終盤で目が乾き、コンタクトレンズが風で飛ぶ。1日に4本滑り、両目で合計8個なくしたこともあるという。

 もちろん使い捨てレンズを愛用する。3カ月の遠征なら、両目で400個のレンズを持っていく。「ほかにも同じような人がいるけど、私は余計に多くなくしてしまうんですよ」と吉岡。まばたきさえしない観察力が、絶妙のライン取りを可能にする。

 そりの上に腹ばいになり、頭から突っ込む。時には時速100キロを超える。「怖くないの?」。スケルトンの選手は、必ずこう聞かれる。吉岡はジェットコースターに乗れない。スケルトンも怖い。だからこそ目をつぶらず、速く滑れるのだと説明する。「すごい怖がりなんですよ。だから、一生懸命滑るしかない。ブレーキをかけられる競技だったら、私は遅かったと思います」。転倒が少ない分、スケルトンは安全だという。

 そりに初めて乗ったのは、94年11月のこと。日本人女性として初の試みだった。その時すでに30歳。リレハンメル五輪を見て一念発起した。「何でもいいから五輪を目指そうと思った。別世界と思っていたけど、なぜかあっち側に行きたくなった」。

 スケルトンが五輪の正式種目に決まったのは、99年10月。「決まったときはうれしかった。38歳で迎えることも同時に分かり、もうやめられないなと思いました」。現在は、五輪出場権を獲得するため、欧州でW杯を転戦中。使い捨てレンズを日に日に減らしながら、夢を追っている。【佐々木一郎】

◆吉岡三喜子(よしおか・みきこ)1964年(昭和39年)1月3日、京都市生まれ。京都・塔南高時代はバスケットボール選手。追手門学院大1年でクロスカントリースキーで国体に出場。住銀リースに入社後の94年にスケルトンを始めるが96年に退社。カルガリーに留学し、97年10月に富士ガリバー王国入社。業績不振のため、今年10月で退社した。W杯最高位は98年カルガリー大会の8位。家族は父靖雄さん(68)母千鶴子さん(66)兄靖之さん(41)。162センチ、62キロ。

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