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派手な髪形、耳にはピアス。スキー距離の神津(こうづ)正昭(27=ニッセンスポーツ)は、地味な印象のある競技にあって、ひときわ異彩を放っている。
「昔から人のやらないことをするのが好き」。風ぼうだけではない。先輩、上司にも文句があれば遠慮はしない。主張は曲げない。その個性ゆえ、競技人生も平たんではなかった。
専大卒業後の97年、スキーの名門・東京美装に入社した。長野五輪にも出場したが、00年3月で退社した。社内で業務の比重を大きくしてほしいと打診があったからだ。「それじゃ強くなれない。競技に集中したかった」。生活の安定は捨てた。
失業保険と貯金で食いつないだ。「もし何かやりたいことが見つかっていれば、スキーはやめていた」。昨季開幕前には、大事にしてきたスポーツカーも売却。しかし海外遠征するには、資金が足りなかった。W杯代表からも外れた。
練習だけは黙々と続けた。12月から国内大会で勝ちまくった。全日本選手権、国体など8戦6勝。シーズン後半、W杯代表に復帰。3月のボルランゲ大会10キロフリーで、自己最高の17位に入った。昨季の日本チーム全体で2番目の順位。自らを3度目の五輪へ大きく近づける好成績だった。
会社を辞めて「自分の中で何かが変わった」という。「合宿に行って、練習してきてない選手がいると頭にくる。会社に面倒みてもらっているのに、さぼって、文句言って…」。今はやめてよかったとすら思っている。現在所属するのは札幌市のスポーツ店。今季から遠征費用の援助も受け、環境は改善された。
ソルトレーク対策として、今年5月から故郷・長野県菅平のペンションで生活した。標高1500メートル前後の土地に暮らすことで、体を高地に順応させた。五輪会場のスタート地点は標高1690メートル。かつてない厳しい条件にも、苦境を乗り越えた神津なら立ち向かえる。【高宮憲治】
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