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五輪会場ソルトレーク・アイスセンターの観客席に、勅使川原郁恵(23=赤塚、写真)はいた。先月下旬に行われたスピードスケート・ショートトラックの五輪予選会。本来ならリンク上で戦っているはずだった彼女は、補欠に回っていた。9月の代表選考会で6位と敗れたためだ。
「スタンドにいたから、レースの隅々まで見られた。先頭から最後まで」。悔しくないはずはない。中学2年で日本一になってから8年。負傷以外で代表の座を離れたことはなかった。しかし、この大会は「めったにない勉強の機会」と気持ちを切り替えた。
98年長野五輪では女子のエースとして戦った。メダルには届かなかったものの、得意の1000メートルで5位入賞を果たした。しかしその後、5歳上の田中千景に追い上げられ、全日本タイトルを明け渡した。故障も追い打ちをかけた。中京大3年時に左足首をねんざ。その影響から座骨神経痛に見舞われ、一時は歩くことも難しくなった。
専属コーチはいない。トレーニングも、治療も、1人でやるしかなかった。今年4月には社会人になったが、所属先にスケート部があるわけではない。公共施設のリンクで練習を積んできた。9月の選考会は、直前に体調を崩したことが敗因。今は体力も滑りも回復している実感がある。
今月16〜18日に行われた全日本距離別選手権で、1000メートル2位、500メートル3位と結果を残した。12月にあるW杯代表の座も獲得した。しかしまだ、すべてを取り戻したわけではない。「後ろから(田中が)きたとき、思わずコースをあけちゃった。『何やってんだろー』って」。女王に遠慮はいらない。それは勅使川原が一番よく分かっている。【高宮憲治】
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