ソルトレーク2002 nikkansports.com index

Sports top
メーン 大会日程 全種目紹介 五輪情報 五輪連載 長野五輪



スキーアルペン
皆川賢太朗

「社名」背負うために悪戦苦闘

 危なかった。入社したばかりの会社名を所属先として使えなくなるところだった。スキー・アルペンの皆川賢太郎(24=写真)は競技に専念するため日体大を中退し、8月にエオス・スポーツエージェンツに入社した。だが、皆川の所属先として全日本スキー連盟(SAJ)から「エオス」が発表されたのは9月13日。この約1カ月の空白期間中に、過去にあまり例のない悪戦苦闘が繰り広げられた。

 皆川は他の選手とは違い、スキー用具に関係する企業への就職を望まなかった。「将来的にはスポーツを文化として広めたい。活動の幅を広げられる環境を」と、理念に共鳴したスポーツエージェント会社のエオスを選択。ソルトレークシティー五輪にはエオス所属の皆川として挑戦したい。SAJに登録してすぐにも発表するはずが、登録できないことが判明した。

 エオスにはスキークラブがなかった。事前の情報では就職先=所属先と登録できるはずだったが、登録締め切り日の約2週間前に、同社の皆川担当・田村幸士さん(24)は青くなった。エオス所属とするには限られた時間内でクラブを設立するしかない。しかも、SAJに登録が認められるには、30人以上の部員で、各都道府県連盟に所属しなければならなかった。

 学習院大のスキー部出身の田村さんは東奔西走した。数日間で仲間35人を集めて約2週間かけて膨大な書類をまとめて東京都連盟(SAT)に提出した。SAJ古川年正アルペン部長から紹介された練馬区スキー協会の協力を得て説明に出向き、SATの理事会、評議委員会を突破。SAJの承認にこぎつけるまで1カ月の早業だった。

 エオスはギリシャ神話に出てくる歓喜の女神から名付けられた。皆川は社名を背負うことにこだわった。それだけに準備不足が発覚したときには焦った。「間に合わなければどうなっていたか」。田村さんは胸をなでおろしている。【桐越聡】

◆株式会社エオス・スポーツエージェンツ 1999年11月設立。資本金2000万円。藤次和哉代表取締役。所在地東京都中央区日本橋小網町。皆川、G大阪宮本、フィギュアスケート村主章枝、テニス杉山愛、レスリング山本聖子らが参加しているNPO法人「Desporter」(ディスポーター)の運営に協力している。

・nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
Copyright2001,Nikkan Sports News.