|
危なかった。入社したばかりの会社名を所属先として使えなくなるところだった。スキー・アルペンの皆川賢太郎(24=写真)は競技に専念するため日体大を中退し、8月にエオス・スポーツエージェンツに入社した。だが、皆川の所属先として全日本スキー連盟(SAJ)から「エオス」が発表されたのは9月13日。この約1カ月の空白期間中に、過去にあまり例のない悪戦苦闘が繰り広げられた。
皆川は他の選手とは違い、スキー用具に関係する企業への就職を望まなかった。「将来的にはスポーツを文化として広めたい。活動の幅を広げられる環境を」と、理念に共鳴したスポーツエージェント会社のエオスを選択。ソルトレークシティー五輪にはエオス所属の皆川として挑戦したい。SAJに登録してすぐにも発表するはずが、登録できないことが判明した。
エオスにはスキークラブがなかった。事前の情報では就職先=所属先と登録できるはずだったが、登録締め切り日の約2週間前に、同社の皆川担当・田村幸士さん(24)は青くなった。エオス所属とするには限られた時間内でクラブを設立するしかない。しかも、SAJに登録が認められるには、30人以上の部員で、各都道府県連盟に所属しなければならなかった。
学習院大のスキー部出身の田村さんは東奔西走した。数日間で仲間35人を集めて約2週間かけて膨大な書類をまとめて東京都連盟(SAT)に提出した。SAJ古川年正アルペン部長から紹介された練馬区スキー協会の協力を得て説明に出向き、SATの理事会、評議委員会を突破。SAJの承認にこぎつけるまで1カ月の早業だった。
エオスはギリシャ神話に出てくる歓喜の女神から名付けられた。皆川は社名を背負うことにこだわった。それだけに準備不足が発覚したときには焦った。「間に合わなければどうなっていたか」。田村さんは胸をなでおろしている。【桐越聡】
|