|
92年アルベールビル五輪スピードスケート男子500メートル銀メダリストの黒岩敏幸(32=黒岩水道設備)は、4度目の五輪出場へ、最後の勝負に出た。00−01年季に屈辱のW杯代表漏れ。これで終われない。もうひと花咲かせたい。昨年末に、ビデオで研究を始めた。「ビデオを見ると、みんなは背中が伸びているのに、僕だけが背中を丸めて滑っていた」。フォーム改造を決心した。
そもそも、この10年間は、試行錯誤の繰り返しだった。だからこそ、第一線をキープできた。長野五輪直前には、日本でいち早くスラップスケートを取り入れた。「スラップがなければ、私の長野五輪もなかった」。他の日本選手のスラップへの取り組みが遅れたこともあって、3度目の五輪切符をものにした。
しかし、誰もがスラップをモノにし始めると、武器ではなくなった。それどころか、落とし穴があった。スラップを使いながら、フォームは従来のままだった。従来のスケートのフォームは背中を丸くする。スラップの場合は、背筋を伸ばしながら前傾する。黒岩はムダに力を消費していた。「鏡の前で形をつくり、少しずつ動きをつけていった。今まで使っていなかった腰は張るし、ふくらはぎはパンパンに疲れた」。1年間を費やして新フォームを身につけ、今季、W杯代表に復帰した。
準備は整った。「本当にまた出たい。今までは、とにかく代表になって勝負することにこだわっていました。今度は、こんなベテランの私が出ることによって、みんなに何かを伝えたいと感じています」。長野五輪後、1度は引退を考えた。しかし、清水の金メダルに触発され、やり残した「何か」があると、もう1度、スケート靴を履いた。その「何か」をソルトレークシティーで探すため、ベテランは戦い続ける。【吉松忠弘】
|