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アルペン女王の無名の兄が、初めて脚光を浴びた。アルペンスキーW杯回転第1戦(11月25日、米コロラド州アスペン)は波乱の幕開けになった。イビツァ・コステリッツ(22=クロアチア)が初優勝した。64番スタート。67年に始まったW杯回転史上、最も遅いスタート順からまくった。「険しい山を登り切り、視界が開けた。神の贈り物だ」。感激で目は真っ赤だった。
8歳から2歳年下の妹ヤニツァと欧州を転戦。クロアチアは競技スキー不毛の地。ハンドボールの元ユーゴスラビア代表の父アンテが運転する中古車に、最低限の生活用品を積んで各国のスキー場を移動しながら練習した。育ち盛りに缶詰ばかりの食事はつらかった。生活費は父がカジノで稼いだ。貧しいためホテルに泊まることができず、リフト小屋を借りて休むこともあった。
長野では兄妹ともに出場権を獲得した。妹は5種目に出場して複合で8位に入賞したが、兄は大会直前に長く暗いトンネルに足を踏み入れた。98年1月、長野へ出発する5日前の練習で右ヒザを骨折した。1年後には左ヒザ内側側副(ないそくそくふく)じん帯を断裂し、99年11月には再び同じじん帯を損傷した。00年1月には右ヒザ前十字じん帯を断裂した。
「4年間は故障との闘いだった」。長野以降、ステップアップした妹は、回転8連勝など昨季のW杯個人総合優勝を果たした。兄イビツァの昨季は回転第2戦の21位が最高位。2歳違いの兄妹に感情のもつれが出てもおかしくはなかったが、兄は苦労をともにした妹との練習を選んだ。
第1戦の優勝に続き、翌日の第2戦は5位、第3戦は10位とコンスタントに成績を残したが、逆に妹は故障の影響を引きずり出遅れている。「妹は故障中のわたしを勇気づけてくれた」。同時出場するソルトレークシティーに向け、今度は兄が妹を勇気づける番だ。【桐越聡】
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