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ショートトラック
田村直也

メダルと医学部「2冠」だ

 さしずめ「ドクターS(ショートトラック)」といったところか。田村直也(22=関西スピードク)の現時点での肩書は、医学部を目指す浪人生。来年の五輪後は競技を離れ、受験勉強に戻ることを明言している。

 16日にアムステルダムで行われたW杯。1000メートルで初優勝を飾った。98年から始まったW杯で、日本選手の優勝は99年の寺尾悟(26=トヨタ自動車)以来2人目の快挙だ。「素直にうれしい。でもいつも勝ってるわけじゃないし、トップ選手との差はまだある」。五輪の個人レース出場枠は2つ。これで寺尾、西谷の「2強」への挑戦権を得た。

 三田学園高3年だった4年前の長野五輪は、1000メートルで5位入賞を果たした。その後、医学部を受験したが失敗。00年には連続五輪を目指すため、長野県に本拠を置くメッツに加入した。しかし「医者の不養生」なのか、慣れない1人暮らしで体調を崩し、1年で実家に戻った。

 コーチを務めるのは、父雅敏さん(52)。大阪・茨木市内で「田村医院」を開業している。若いころはアイスホッケーの選手だったが、ショートトラックの経験はない。息子とともに研究を重ねてきた。

 家の中でも父子の会話はスケート一色だ。母桂子さんは「ブレードがどうとか、そんな話ばかり。『食事のときぐらいはやめていただけませんか』と言っているんですが」と笑う。

 田村も父の姿を見て、自然と医学の道を志すようになった。「強制されたわけじゃないけど、僕が医者になれば両親も喜んでくれるでしょう」。父と同じ麻酔科か整形外科が希望という。五輪メダルと医学部。日本初の「2冠」は達成できるか。【高宮憲治】

◆医学部出身のスケート選手
 80年レークプラシッド五輪のスピードスケート5冠王、エリック・ハイデン(米国)は現役医学生だった。初めてワンピースを着たことでも知られている「怪物」は、五輪後に整形外科医となった。94年リレハンメル五輪で金メダル3個を獲得したヨハン・オラフ・コス(ノルウェー)は医学の知識を生かして、世界反ドーピング機関(WADA)の委員を務めていた。

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