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ショートトラック豪州選手がたなぼたV<ショートトラック>突然、金メダルが転がり込んできた。ショートトラック男子1000メートルで、スティーブン・ブラッドバリー(28=オーストラリア)が、究極ともいえる「たなぼた金メダル」を獲得した。5人で争った決勝は、先行した有力4人が次々に転倒。最下位を“独走”していたおかげで巻き込まれず、ラスト3メートルでトップに立った。準々、準決勝も同様に好運な展開をものにし、南半球に冬季五輪初の金メダルをもたらした。 ブラッドバリーは金はおろか、メダルさえあきらめかけていた。スタート直後から1度もトップに立てない。残り2周になると、スピードアップについていけない。4人が前でメダルを争い、後ろから追走するだけ。だが、最後の1周で、前の4人が次々に倒れていく。半周を過ぎたところで、李(中国)が転んだ。最後の直線に出る時には、安(韓国)の転倒に2人が巻き込まれ、まとめて3人が視界から消えた。 「信じられない」。目を疑った。4分の1周回も遅れていたブラッドバリーだけが、棒立ちでゴールに滑り込んだ。その瞬間、南半球に冬季五輪初の金メダルが転がり込んだ。皮肉にも先頭争いに加われなかったことで「事故」を避けられた。首位に立ったのは、1000メートル中、最後の3メートルあまり。「明らかに、僕が一番速い選手じゃなかったよ。でも、勝ったのは僕。複雑な心境だよ」。驚きつつも、ニンマリしながら、ウイニングランを楽しんだ。 すべてのレースでついていた。初戦となった準々決勝は、1人が失格処分となり、2位通過。準決勝は、連覇を狙う金(韓国)が転倒して脱落。後に2人がクラッシュし、1位でゴールラインを通った寺尾(トヨタ自動車)は失格処分。ショートトラックはアクシデントがつきもの。それにしても、これほどの番狂わせには世界があっけにとられた。 だが、困難を乗り越えた金メダルでもある。94年リレハンメル五輪は、5000メートルリレーで銅メダル。その年の11月、レース中に転倒して右足を負傷し、4リットル出血して111針を縫った。「生きていて幸運だった」。00年には首を故障し、6週間もコルセットを外せない生活も経験した。「もう1度ベストの滑りを」と再起し、この競技ではベテランの28歳で今大会に臨んだ。 苦労の末に授かった金メダル。「今までの自分へのご褒美だと思う」と、今季W杯で決勝進出さえ1度もない無印男は笑った。ロイター通信は「五輪の歴史上、最も奇妙なレースのひとつ」、AP通信は「最も幸運な金メダリスト」と世界に打電した。 ◆オーストラリア国中驚きの報道 ブラッドバリーの快挙を、オーストラリアメディアは「驚くべきニュース」(民放テレビ)と伝えた。冬季五輪の関心は薄く、新聞やテレビのトップニュースで報じられたこともなかったが、民放テレビは夕方のニュースのトップで伝えた。 ◆スティーブン・ブラッドバリー 1973年10月14日、オーストラリア・カムデン生まれ。94年リレハンメル大会5000メートルリレーで、同国初の冬季五輪メダルとなる銅メダルを獲得。個人種目は長野五輪で500メートル19位、1000メートル21位。スケートブーツ職人。178センチ、80キロ。 |
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