■ 著名人が語る21世紀
Tohoku2001
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青森・上北町出身
ダービー騎手、現調教師
柴田政人さん
柴田政人さん
(写真=幾多の挫折やケガを乗り越えてトップジョッキーに上りつめた柴田さんは、穏やかな笑みを見せながら自分の経験を語る)

◆柴田政人(しばた・まさと)
 1948年(昭和23年)8月19日、青森県上北町生まれ。64年に馬事公苑の長期講習を受け騎手免許取得。67年3月に高松三太きゅう舎からデビューし、73、85、88年にリーディング騎手。93年の日本ダービーは19回目の挑戦で初制覇。94年4月24日の東京競馬で落馬、左腕神経叢損傷で4カ月半のリハビリを行ったが回復せず、同9月無念の引退。通算1767勝。96年3月から調教師へ転進。155センチ
自分見失わず!じょっぱれ!


 青森・上北町出身の元ダービー騎手、柴田政人さん(52)は3回のリーディングに輝くなど歴代3位の通算1767勝を記録した。15歳で親の反対を押し切って上京。厳しい練習とケガを乗り越え、19回目の挑戦でダービーを制した話は有名だ。1996年(平成8年)に調教師に転身。21世紀を生きる東北の若者に「自分を見失わず、じょっぱれ!」とエールを送った。

今がチャンスと感じたら今以上の努力


 私が子どものころは家の周りは田んぼだらけで、遊ぶものなんて何もなかった。実家が上北町で半農半酪農をやって、競馬の馬を育てていたから、物心ついたときから馬の背中にまたがって遊んでいたよ。七戸川の土手で放牧している間に釣りをやったりね。でも、最近では様変わりしてしまって、子供たちも外で遊ばなくなったみたいだね。

 今は、東北も情報化社会だから、家にいながら何でもできる世の中になっている。でも、それは人間を変な方へ変えてしまうと思う。これから働こうとする人は、フリーターじゃだめ。自分の仕事を持って、一生懸命取り組んでほしい。今がチャンスと感じたら、それまで以上の努力が必要。そのときは東北弁でいう「じょっぱれ」だね。きっといろいろなものが見えてくるよ。


ダービー19回挑戦


 1993年(平成5年)の第60回ダービーは、私の1万7000回以上のレースの中でも忘れられない。前年まで18回挑戦して勝てなかったレースで、のどから手が出るほど欲しかったタイトル。年齢的にも最後のチャンスだと思っていた。本当に真剣で、すさまじい集中力だったよ。ウイニングチケットは気性の激しい馬で神経を使った。気持ちがハイになっちゃうから、なだめて落ち着かせて最高の足を引き出せた。直線では思い切って馬場の悪い内ラチ沿いを通った。この作戦が功を奏し、ビワハヤヒデを半馬身振り切ってゴールしたんだ。今でもよくあんなレースができたと思う。

 騎手になると決めた時、反対して口を利いてくれなかった父(松夫さん)は、その年の暮れに亡くなった。「一人前になるまで帰ってくるな」と旅立ちの日の玄関先で見送ってくれた父も喜んでくれたと思う。私にとっては「今がチャンス」と自分のすべてが出せたレースだった。勝った瞬間、家族やふるさとのことが頭に浮かんだね。

 高松三太きゅう舎では、何度もやめようと思った。師匠が厳しい人で、弟弟子の不始末も自分が責任取らされた。ケガもしたし、自分が乗るはずの馬に直前になって違うジョッキーを乗せられたこともあった。


相手をよく知る事


 レースについていえば、勝ちたいという意識が強すぎると、なお勝てない。やっと勝ったと思ったら、ゴール前でちょこっとかわされる。どうしたら勝てるか。私は全レースをビデオに収めて必ずチェックしてみた。そうすると、自分の乗り方はもちろん、相手の馬が見えてくる。相手の馬の特徴を知ることでレース中の瞬時の判断もできるようになる。武豊だって、自分の馬も相手の馬もよく知っているから、あそこまで勝てる。

 調教師になって4年、今度はダービーを勝つ馬を育てたい。口を利かない馬が相手だから、子どもを育てるより根気がいる。終わりのない夢を追いかけて、毎日馬と顔を合わせている。21世紀を生きる若い人たちも、自分を見失うことなく生きてほしい。今でこそ人気の競馬界も、ファンを大事に、迫力のあるレースを見せることが21世紀の課題だと思う。

(構成=鳥谷越直子) 
日刊スポーツ東北版12月4日付紙面より

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