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青森市出身
プロボクシングWBA世界ライト級王者
畑山隆則さん
畑山隆則さん

◆畑山隆則(はたけやま・たかのり)
 1975年(昭和50年)7月28日、青森市生まれ。青森戸山中時代は野球部でエース。推薦で青森山田入学も2年で中退、ボクサーを目指し上京。93年(平成5年)6月に京浜川崎ジムからデビューし、無敗で全日本スーパーフェザー級新人王。96年3月に東洋太平洋同級王座を獲得。98年3月に日本同級王者に。同9月に前年97年10月に引き分けた崔竜洙(韓国)との再戦を判定で制し、WBA世界同級王座を奪取。1度防衛後の99年6月にシンに敗れ陥落、引退を発表。今年6月に約1年ぶりの再起戦でセラノを下し2階級制覇。家族は真由美夫人(26)と長男隆将君(4)。173センチの右ボクサーファイター。
自信持てるものを探せ


 青森市出身のWBA世界ライト級王者畑山隆則(25=横浜光)は、故郷での防衛戦後、引退を考えている。1度はタイトルを失いながら、復帰戦で日本人4人目となる2階級制覇を達成。来年2月には、リック吉村(35=石川)との防衛戦が控えている。地元青森での防衛戦実現を心の支えとしているチャンピオンは、東北の若者へ「自分が自信を持てるものを探して」と語った。

人生を淡々と生きていても面白くない


 普通の人生を淡々と生きていても面白くない。常に目標を持っているほうが自分にも自信が持てると思うんだ。僕も世界一になったわけですから、これから挑戦する人たちにはアドバイスできると思う。自分に自信を持てるものを持つと僕の経験から言っても楽しい。そこまでたどり着くための努力ももちろん必要だけど。人生を楽しく過ごすためにも、とにかくそういうものを1つ若い人たちには探してもらいたいと思う。

 本当は僕は野球でプロ選手になりたいと思っていたんだ。中学では野球部でエースとして頑張ってきていたしね。でも中学3年生のときに(レパード)玉熊さん(元WBA世界フライ級王者)の試合を見たんだ。そして辰吉さん(元WBA世界バンタム級王者)の姿を見て、あんなに悪でも世界の頂点に立てるんだ、と刺激を受けた。それでおれもやってみようかなと思ったのがボクシングを始めたきっかけだった。

 チャンピオンとしてここまでこられたのはあとは運かな。僕って強運なんですよ。例えば柳(和竜)トレーナーと出会えたこと。所属していたジムがかわったこと。ライト級に1階級上げて、2階級制覇を成し遂げることができたのも、1年間休んでいたのにすぐに勝てたしね。すべての面で運が良かったと思っている。

 今の時代、格闘技といえばK―1だとかいろいろあるけど、ボクシングは単純明快。パンチだけの競技でしょ。手で相手の攻撃をブロックして、手で相手を攻撃する。こぶししか使えないからね。でも一番の魅力は生で試合を見ることだね。僕の試合を見に来てくれれば、必ず僕のファンにさせる自信はありますよ。


初心忘れるべからず


 東北全体はもちろん、青森の人間は特に根性があると思う。口数は確かに少ないけど、しんは強いし、気持ちも強いので、何事もあきらめずにやれば、結果は必ずついてくるはず。僕の今の目標は、知っているとは思うけど地元で防衛戦を行うこと。特に向こう(首都圏)に行くようになってから郷土意識が強くなった。来年1月にも米・ロサンゼルスに合宿に行くけど、あっちでも青森県の人がいて、ご飯を食べたりと外に出てあらためて、優しさを感じるようになった。それで青森県に恩返しがしたいと思うようになった。だから青森での防衛戦が終わったらね。そこまで勝ち続けることは大変だけど、負けないで辞めたいという希望は以前からあるので、引退してもいいかなと思っている。次の防衛戦も相手にとって不足はない。みんな強いので1戦1戦頑張るだけ。

 「初心忘れるべからず」です。何事も最初は目標があったはず。インターハイで優勝するとか、世界チャンピオンになろうとか。でも時間がたつごとにその気持ちも薄れて、昔はできたことができなくなったり。当たり前のことを当たり前にこなすことが難しくなる。とにかく最初に思った気持ちを忘れないでほしい。

(構成=越戸淳) 
日刊スポーツ東北版12月6日付紙面より

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