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◆第1回 1930年・ウルグアイ第3代FIFA会長ジュール・リメ(フランス)の尽力で初開催。予選なしだったが、申し込んだのは13カ国だけ。得点王・・・スタビレ(アルゼンチン) 8点
◆第2回 34年・イタリア初めて予選を実施。世界の地域割りが行われ、関心が一気に高まった。ネイエドリー(チェコスロバキア) 5点
◆第3回 38年・フランスイタリア連覇に貢献したジュゼッペ・メアッツァの名は、ACミランとインター・ミラノのホームスタジアム名として残る。レオニダス(ブラジル) 8点
◆第4回 50年・ブラジル決勝(マラカナン・スタジアム)には20万人が集まった。地元ブラジルがウルグアイに逆転負けし、自殺者が出る騒ぎに。アデミール(ブラジル) 9点
◆第5回 54年・スイスFIFA創設50周年。日本も予選に初参加したが、韓国に屈した。V候補ハンガリーが西ドイツとの決勝で、2―0リードから2―3で逆転負け。コチシュ(ハンガリー)11点
◆第6回 58年・スウェーデンブラジルのペレ(当時17)が、スウェーデンとの決勝の2点を含む6ゴールで鮮烈デビュー。史上最年少の優勝選手となった。フォンテーヌ(フランス)13点
◆第7回 62年・チリチリが3位に食い込む健闘。ブラジルは、ペレが予選リーグで負傷しながらも連覇。ガリンシャ(ブラジル) 4点
ババ(ブラジル) サンチェス(チリ) アルベルト(ハンガリー) イワノフ(ソ連) イエルコビッチ(ユーゴスラビア)
◆第8回 66年・イングランド朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)がイタリアを破ってアジア初勝利をマークし、8強入り。決勝初の延長で、バーから真下に落ちたイングランドの「疑惑のゴール」にベッケンバウアーを擁した西ドイツは落胆。エウセビオ(ポルトガル) 9点
◆第9回 70年・メキシコ過去2度優勝同士の決勝は、ブラジルがペレ、ジャイルジーニョらのゴールにより、4―1でイタリアに快勝。ミュラー(西ドイツ)10点
◆第10回 74年・西ドイツベッケンバウアー主将率いる西ドイツが、クライフを擁するオランダを下して地元V。ラトー(ポーランド) 7点
◆第11回 78年・アルゼンチンオランダを下して地元Vのアルゼンチンは、エースのケンペスが得点王、MVPに輝いた。日本で録画中継(決勝は生)が始まる。ケンペス(アルゼンチン) 6点
◆第12回 82年・スペインマラドーナ(アルゼンチン)がデビューしたが、退場処分を食うなど若さを露呈。イタリアがジーコ、ファルカン、ソクラテスら黄金の中盤を誇るブラジルを破り、優勝した。ロッシがMVPに。ロッシ(イタリア) 6点
◆第13回 86年・メキシコマラドーナが準々決勝のイングランド戦で、自陣から6人抜きで決めた得点は「史上最高のゴール」として伝説となる。決勝でも、ブルチャガへの絶妙パスを出し、MVPとなった。リネカー(イングランド) 6点
◆第14回 90年・イタリアカメルーンが開幕戦でアルゼンチンを下して8強入り。西ドイツが初めて3大会連続決勝進出を果たし、前回Vのアルゼンチンに借りを返すV。MVPは主将のマテウスが獲得。スキラッチ(イタリア) 6点
◆第15回 94年・米国ロマーリオ、ベベトらのブラジルが24年ぶりの優勝を勝ち取り、興奮に包まれたサッカー王国では、約30人の市民が騒ぎに巻き込まれて死亡。米国戦でオウンゴールを入れたエスコバル選手(コロンビア)が祖国に帰国後、射殺された。サレンコ(ロシア) 6点 ストイチコフ(ブルガリア)
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