W杯の歴史

◇W杯過去の上位進出国◇
開催国出場国・地域
予選−本大会
開催
都市数
競技場
試合数3位
4位
優勝国 決勝戦スコア 準優勝国
1930ウルグアイ13−1318米国、
ユーゴスラビア
ウルグアイ 4―2 アルゼンチン
1934イタリア32−1317ドイツ
オーストリア
イタリア 2−1 チェコスロバキア
1938フランス36−151018ブラジル
スウェーデン
イタリア 4−2 ハンガリー
1950ブラジル34−1322スウェーデン
スペイン
ウルグアイ 2−1 ブラジル
1954スイス38−1626オーストリア
ウルグアイ
西ドイツ 3−2 ハンガリー
1958スウェーデン53−16121235フランス
西ドイツ
ブラジル 5−2 スウェーデン
1962チ リ56−1632チリ
ユーゴスラビア
ブラジル 3−1 チェコスロバキア
1966イングランド70−1632ポルトガル
ソ連
イングランド 4−2 西ドイツ
1970メキシコ69−1632西ドイツ
ウルグアイ
ブラジル 4−1 イタリア
101974西ドイツ98−1638ポーランド
ブラジル
西ドイツ 2−1 オランダ
111978アルゼンチン104−1638ブラジル
イタリア
アルゼンチン 3−1 オランダ
121982スペイン101−24141752ポーランド
フランス
イタリア 3−1 西ドイツ
131986メキシコ119−241252フランス
ベルギー
アルゼンチン 3−2 西ドイツ
141990イタリア113−24121252イタリア
イングランド
西ドイツ 1−0 アルゼンチン
151994米 国144−2452スウェーデン
ブルガリア
ブラジル 0−0 イタリア
3PK2
161998フランス174−32101064 
 
【注】第1回大会は3位決定戦を行わず、米国、ユーゴスラビアとも3位。
    第4回大会は4チームによる決勝リーグ戦で順位決定。

◆第1回 1930年・ウルグアイ

 第3代FIFA会長ジュール・リメ(フランス)の尽力で初開催。予選なしだったが、申し込んだのは13カ国だけ。
得点王・・・スタビレ(アルゼンチン) 8点

◆第2回 34年・イタリア

 初めて予選を実施。世界の地域割りが行われ、関心が一気に高まった。
ネイエドリー(チェコスロバキア) 5点

◆第3回 38年・フランス

 イタリア連覇に貢献したジュゼッペ・メアッツァの名は、ACミランとインター・ミラノのホームスタジアム名として残る。
レオニダス(ブラジル) 8点

◆第4回 50年・ブラジル

 決勝(マラカナン・スタジアム)には20万人が集まった。地元ブラジルがウルグアイに逆転負けし、自殺者が出る騒ぎに。
アデミール(ブラジル) 9点

◆第5回 54年・スイス

 FIFA創設50周年。日本も予選に初参加したが、韓国に屈した。V候補ハンガリーが西ドイツとの決勝で、2―0リードから2―3で逆転負け。
コチシュ(ハンガリー)11点

◆第6回 58年・スウェーデン

 ブラジルのペレ(当時17)が、スウェーデンとの決勝の2点を含む6ゴールで鮮烈デビュー。史上最年少の優勝選手となった。
フォンテーヌ(フランス)13点

◆第7回 62年・チリ

 チリが3位に食い込む健闘。ブラジルは、ペレが予選リーグで負傷しながらも連覇。
ガリンシャ(ブラジル) 4点
ババ(ブラジル)   
サンチェス(チリ)   
アルベルト(ハンガリー)   
イワノフ(ソ連)   
イエルコビッチ(ユーゴスラビア)   

◆第8回 66年・イングランド

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)がイタリアを破ってアジア初勝利をマークし、8強入り。決勝初の延長で、バーから真下に落ちたイングランドの「疑惑のゴール」にベッケンバウアーを擁した西ドイツは落胆。
エウセビオ(ポルトガル) 9点

◆第9回 70年・メキシコ

 過去2度優勝同士の決勝は、ブラジルがペレ、ジャイルジーニョらのゴールにより、4―1でイタリアに快勝。
ミュラー(西ドイツ)10点

◆第10回 74年・西ドイツ

 ベッケンバウアー主将率いる西ドイツが、クライフを擁するオランダを下して地元V。
ラトー(ポーランド) 7点

◆第11回 78年・アルゼンチン

 オランダを下して地元Vのアルゼンチンは、エースのケンペスが得点王、MVPに輝いた。日本で録画中継(決勝は生)が始まる。
ケンペス(アルゼンチン) 6点

◆第12回 82年・スペイン

 マラドーナ(アルゼンチン)がデビューしたが、退場処分を食うなど若さを露呈。イタリアがジーコ、ファルカン、ソクラテスら黄金の中盤を誇るブラジルを破り、優勝した。ロッシがMVPに。
ロッシ(イタリア) 6点

◆第13回 86年・メキシコ

 マラドーナが準々決勝のイングランド戦で、自陣から6人抜きで決めた得点は「史上最高のゴール」として伝説となる。決勝でも、ブルチャガへの絶妙パスを出し、MVPとなった。
リネカー(イングランド) 6点

◆第14回 90年・イタリア

 カメルーンが開幕戦でアルゼンチンを下して8強入り。西ドイツが初めて3大会連続決勝進出を果たし、前回Vのアルゼンチンに借りを返すV。MVPは主将のマテウスが獲得。
スキラッチ(イタリア) 6点

◆第15回 94年・米国

 ロマーリオ、ベベトらのブラジルが24年ぶりの優勝を勝ち取り、興奮に包まれたサッカー王国では、約30人の市民が騒ぎに巻き込まれて死亡。米国戦でオウンゴールを入れたエスコバル選手(コロンビア)が祖国に帰国後、射殺された。
サレンコ(ロシア) 6点
ストイチコフ(ブルガリア)   

W杯アラカルト

W杯とは  FIFA(国際サッカー連盟)に加盟している国からチームを集め、FIFAの運営で行う世界選手権。FIFAは、世界選手権の開催を主たる目的として1904年に結成された。
運営方針  4年ごとに開催し、優勝チームにトロフィーを授与。出場チームは、FIFA加盟国の代表1チームだけ。出場選手の資格は、プロもアマも持つ。
ジュール・リメ杯  初代の優勝杯のこと。W杯開催に尽力した、第3代FIFA会長の名を冠した。「3度優勝した国が永久保持」との規則があったため、70年メキシコ大会でブラジルのものになった。このカップは現在、行方不明になっている。ブラジル協会で、その複製を見ることはできる。現在の優勝杯は74年西ドイツ大会からで、優勝チームが持ち回りで保管する。
観客動員  第1回の30年ウルグアイ大会が、43万4500人、1試合平均2万4138人。前回の94年米国大会で最高記録を更新し、大会合計356万7415人、1試合平均6万8102人。
戦争ぼっ発  70年メキシコ大会北中米カリブ海予選で、エルサルバドル―ホンジュラス戦終了後、結果を不服として両国が対立。エルサルバドル軍がホンジュラスに侵攻したのをきっかけに、戦争状態に突入した。2国間の国境が不確定だったことも原因だった。
フーリガン防止  90年イタリア大会では、イングランドとオランダのフーリガンを警戒。両国の対戦は、本土から離れたサルディーニァ島で行われた。チケットも身元確認の上で販売され、入念なボディーチェックが行われた。
出場回数  フランス大会が16回目になり、ブラジルが唯一、第1回大会からフル出場。続いてドイツ(旧西ドイツ)の12大会連続14度目。
優勝回数  ブラジルが前回大会で4度となり、世界一。3度はドイツ、イタリア。そのほか、アルゼンチンとウルグアイが2度、イングランドが1度優勝している。連覇はイタリアとブラジルが、それぞれ1度ずつ達成しただけ。
決勝進出  最も多いのがドイツの6度。ブラジルとイタリアが5度、アルゼンチンが4度。前回優勝のブラジルは、6大会ぶりの決勝進出。
通算勝利  ブラジルの49勝がトップ。続いてドイツ42勝、イタリア35勝。韓国は過去4度出場しているが、まだ勝ったことがない(8敗3分け)。
通算得点  ブラジルが159、ドイツが154でダントツ。続いてイタリアの97、アルゼンチンが90。逆に、最多失点はドイツの97。
個人通算得点  「爆撃機」と恐れられたミュラー(西ドイツ)が70、74年大会で挙げた14点が最高。以下、フォンテーヌ(フランス=58年)13点、ペレ(ブラジル=58、62、66、70年)12点、コチシュ(ハンガリー=54年)ラーン(西ドイツ=54、58年)11点と続く。フォンテーヌが58年スウェーデン大会で挙げた13得点は、一大会個人最多得点。過去日本でプレーした選手では、リネカー(元名古屋=イングランド)が歴代6位タイの10得点。


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