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1994年(平6)に地元財界から約300万ドル(約3億7500万円)の支援を受け、W杯初出場を果たしたジャマイカ代表チーム。今後も米国、アフリカ、英国、韓国など、海外遠征がめじろ押しだが、国内では支出を抑えるためのやり繰りがあった。 ジャマイカ・サッカー協会(JFF)は、代表チームを管理する部門と、国内リーグを運営する部門が、別にオフィスを持っている。ナショナル・スタジアムに隣接する事務所が手狭になったため、代表担当部門と監督室を移動。都市部で部屋を借りる予算がなく、スポンサーが持つ郊外の一軒家を間借りすることになった。そのスポンサーとは、「クイック・サインズ」という名の看板製作会社。工場の隣にシモンエス監督の監督室がある。 「スポンサーのご厚意で、家賃は無料にしていただいています。将来は国内リーグの部門も一緒にしたオフィスを構える予定なんですけど、いつになることか……」(協会関係者)。4畳半ほどの大きさの事務所には、コピー機やファクス、パソコンが所狭しと並べられ窮屈な印象。3人のスタッフが電話の応対に追われ、外部からの電話はほとんど話し中の状態だ。 この日、キングストン国際空港まで代表チームを乗せた専用バスは、フロントガラスに落石による穴が開いていた。1メートルほどの長さのひびも入っていたが、取り替える予定はないという。国内リーグの事務所は、冷房機が故障し、2台の扇風機が回っていた。代表チームの躍進の陰で、スタッフの我慢は続く。 |
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