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本田 泰人
「スッポン」に形容される徹底マークは、あまりのしつこさに相手から不評を買い続けた。ブラジル代表のMFレオナルドは、昨年8月の日本戦前に「マークされたくない選手」としてその名を挙げた。現鹿島のMFビスマルクは、川崎時代に「顔も見たくもない」と公言していた。 そして、ジーコ。1991年(平3)7月25日、ジーコは住友金属(現鹿島)での国内デビュー戦で、本田を擁する本田技研と対戦した。ドリブルのボールを奪われ、ゴールを決められたのが本田だった。「なんて素晴らしい選手なんだ!」。スッポンマークは、ジーコにも「敵なら憎いが、味方にすれば、これほど心強い選手はほかにはいない」と思わせた。一つのプレーで鹿島入りが決まるほど、一見地味な「マーク」は威力があった。 かつては、攻撃的なMFだった。しかし、体のない本田が日本リーグで生きていくには、何か武器が必要だった。本田技研入りした後に、守備的なMFに転向、その「いやらしい」マークを磨いてきた。ジーコをはじめ、世界のトップ選手たちを嫌がらせたマークを、今度はW杯の舞台で見せるつもりだ。 |
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