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ス ペ シ ャ リ ス ト こ そ K O パ ン チ |
プロボクシングWBA世界ジュニアバンタム級王者飯田覚士(28=緑、写真)は今年1月、日本プロスポーツ大賞表彰式で岡田監督と同席した。その場でW杯出場監督と言葉を交わした。自ら愛知・大府東高2年までサッカー部に在籍、MFで活躍した経験と合わせて感じたのは、「世界レベルで勝利をつかむことに個人競技と団体競技の差はない」ということだった。 飯田は世界王者になるためには、「ずばぬけた長所が必要」と言う。元WBC世界ジュニアウエルター級王者浜田剛史氏は強打、元WBC世界ジュニアバンタム級王者川島郭志氏は「アンタッチャブル」の防御技術が武器だった。飯田自身は最終回まで衰えない「フットワーク」に磨きをかけている。 サッカーでも、スペシャリストをそろえることが、「必殺パンチ」になる。飯田がサッカー選手時代にぞっこんだったのは、FKの天才といわれた木村和司(現評論家)、ヘディングシュートの原博実(現浦和監督)らだった。仕事師として、強烈な存在感を示していた。今の代表メンバーでは、MF中田のスルーパス、犬より速いといわれるFW岡野の足が、世界相手の武器になる。飯田は「実力が拮抗(きっこう)した場合は、頼れる得意技が勝負のカギを握る」と、スペシャリストの代表抜てきを勧めた。 さらに飯田は、環境への順応力の重要性を強調した。飯田は1996年(平8)4月、当時王者のゴイティア(ベネズエラ)に挑み、5回TKO負けした。地元名古屋での試合だったが、飯田は世界初挑戦の緊張でガチガチ。一方のゴイティアはパチンコ、食事に外出し、名古屋の繁華街をかっ歩した。日本の生活環境になじみ、余計な重圧を背負わなかった王者に圧倒された。飯田は「中田のように自己流の選手が増えて、心配はないと思うけど、選手の過度の隔離は必要ない」と話した。 【佐藤智徳】
◆飯田覚士(いいだ・さとし) 1969年(昭44)8月11日、名古屋市生まれ。テレビのバラエティー番組で人気者に。94年(平6)3月日本ジュニアバンタム級王者。97年12月、3度目の世界戦でWBA同級世界王座獲得。167センチ。 目次 | W杯メーンページ ![]() |
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