世界で戦った「日本代表」からの 
アドバイス

黒岩彰

(スピードスケート カルガリー五輪銅メダリスト)

 現場の意見が日本協会に反映されているのか。88年カルガリー五輪銅メダリストの黒岩彰ナショナルコ ーチ(36)はそうは思えないと言う。例えば、本番までの国際試合はあと5。Jリーグとの過密日程が続く。「協会と現場が共通の認識に立てば、もっと代表の強化に重点を置くはず」と協会の姿勢に疑問を投げかけた。

 協会幹部が現場と同じような目的意識を持つ。そのためには、選手と同じような努力が必要になる。海外にも積極的に飛び出す。諸外国の強化を見て、肌で感じて、初めて本当の強化が見えてくる。黒岩コーチは「VIP席からふんぞり返って試合を見ているだけでは進歩はない。過去の栄光だけにしがみついている協会幹部がいかに多いか」と嘆いた。

 清水の金メダル、岡崎の銅メダルに沸いた長野五輪。だが、黒岩コーチは「それを隠れみのにしてはいけない」と言う。空気抵抗を減らすストライプという秘密兵器。1年前のスラップスケートに続き、オランダが開幕3日前に国際連盟に申請、1日前に認可させた。日本連盟の無力さ、発言権のなさを象徴した事件でもあった。

 JOCを含め、あらゆるスポーツで日本の国際的な発言力はない。まさに空気のように、いてもいなくてもいい存在に成り下がっている。サッカーでもアジア最終予選の日程が突如変わった。水泳でも潜水距離が制限された。スキーのジャンプ、複合でも日本バッシングが進行中だ。現場と協会との溝はますます深まる。

 黒岩コーチは、こんなスポーツ界の現状打破を目指している。今後は米国かカナダに拠点を移す希望を持つ。ライバルの強化方法はもちろん、語学をマスターすることで、国際連盟の役員らと対等に渡り合う力を養う。そんな努力が日本のレベルアップにつながると信じている。

【田口潤】

黒岩彰(くろいわ・あきら) 1961年(昭36)9月6日、群馬県吾妻郡嬬恋村生まれ。嬬恋高から専大を経て、現在コクド。83、87年世界スプリント総合優勝。全日本スプリントは4回制覇。金メダルを期待された84年サラエボ五輪で惨敗。しかし、88年カルガリー五輪で銅メダルを獲得した。その後退し、母校専大監督に就任、現在日本代表ナショナルコーチを務める。

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連載「夢、W杯」

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