指導者のバイブル作った

連載「夢、W杯」

第9回
[目次]

小野強化委員の貢献

 W杯出場を決めたイラン戦後、スタンドから「小野コール」がわき上がった。小野剛強化委員(35)は、こん身のガッツポーズで何度もこたえた。裏方だった男が、初めてスポットライトを浴びた瞬間だった。

 もともと、対戦チームのスカウティング担当として陰で活躍してきた。アトランタ五輪ブラジル戦では、正確な情報と的確な分析で日本の大金星に貢献。「奇跡の頭脳」と呼ばれた。しかし、小野委員が取り組んだサッカー界の大仕事は、意外と知られていない。

 1993年(平5)4月、日本サッカー協会内に「ジュニア・プロジェクト」が誕生した。当時強化副委員長の加藤久氏をリーダーに、ユース年代の指導者のための指導プログラムを作るのが目的だった。その中心として活躍したのが、小野委員だ。

 日本が、欧米のサッカー先進国に比べて遅れていたのが、指導者の育成。世界各国のユース育成プログラムに精通し、実際に米国、ボリビアなどでユースの指導を学んだ小野委員は、積極的に意見を出して「指導者のための指導指針」作りに貢献した。日本協会の機関誌に掲載された原稿は、日本中の指導者の「バイブル」にもなった。

 「知識が豊富で、何事も論理的に考えられる。彼の力は大きかった」と、強化委員として、小野委員とともに「ジュニア・プロジェクト」に携わった田島幸三氏は言う。ユース育成システムの確立は、数年、数十年後のためのもの。小野氏は、21世紀の日本サッカーのために大切な仕事をしてきたのだ。

 裏方として支えてきた小野氏だが、今回のW杯出場でスポットライトを浴びるようになった。「僕は、岡田監督の手助けをしただけですよ」と謙虚に言うが、岡田監督がチーム帯同を要請したのも、その抜群の力を知っていたからだ。  

【サッカー取材班】


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