岡田監督の指示に、DF秋田の体は自然に反応していた。10月11日のウズベキスタン戦。後半34分になろうとしていた。「秋田、FW」。最終ラインで体を張っていた男は、最前列に飛び出した。 「僕は、いつでもFWの気持ちです」と笑う。ちょうど3年前の1994年(平6)10月11日。広島アジア大会の韓国戦後、ベンチの秋田は当時のファルカン監督に言われた。「FWとして使おうと思っていたんだ」。試合は、1点ビハインドの2―3だった。「僕のヘディングを魅力と感じてくれているんだな、とうれしかった」。その試合限りでファルカン監督が解任されなければ、FW秋田が誕生していたかもしれない。 「点を取れないイメージを払しょくしたかった」。得点力のあるDF小村の控えに甘んじていた時期、ゴールが定位置を獲得することにつながると考えた。研究もした。「僕はDF。FWしかやったことのない人と違ってやられたら嫌なプレーが分かる」。セットプレーでのマークの外し方、ポジショニング、そして飛び込むタイミング。守りながら「自分ならどうやって点を取る」と考えてきた。 CK、FKのたびにゴール前に走り込んだ。いつの間にかボールが集まるようになった。もともとFWもMFも経験がある。点を取ることは好きだ。W杯予選を通じて、相手FWを封じ込める快感と同じくらいの恍惚(こうこつ)感をゴールに覚えた。 秋田を、W杯予選のMVPに挙げる声は多い。確かに、秋田の守備力、そして2得点を挙げた攻撃力がなければ、W杯初出場はならなかっただろう。「成長したと言われればうれしい。でも満足していない」。ゴールを奪うDFは、フランスでさらに進化する。 【サッカー取材班】
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