「終了の笛早かった」と試合再開

ワールド杯エピソード
  [目次]    【8】

 欧州の強豪チームの多くが往復1カ月以上の長い船旅を嫌い不参加。地域予選もなく13カ国で行われた1930年の第1回ウルグアイ大会は、1試合でPK5が記録されるなど、レフェリーの判定基準が問題になるケースが幾つもあったようです。

 いまだに語り継がれている前代未聞の出来事があります。事もあろうに主審が「早すぎた終了の笛」を認め、試合再開を宣言した事件です。

 1次リーグ第1組のアルゼンチン―フランス戦。開催国ウルグアイとともに優勝候補に挙げられていたアルゼンチンが80分に均衡を破り、残り時間5分ほどのときでした。

 フランスのマルセル・ランギレー選手が1―1の同点に持ち込もうと、素晴らしいドリブルでアルゼンチンのゴールに突進していました。絶好のチャンス。

 ここで、非情にもブラジル人の主審アルメイダ・レゴ氏が終了の笛を吹いたのです。

 猛烈に抗議するフランスの選手たち……。初戦の勝利を喜ぶアルゼンチン陣営……。

 主審を激しく非難するスタンドのウルグアイ人観衆。グラウンドへ侵入し自国選手たちを祝福するアルゼンチンのサポーターたち。

 両チーム選手たちは控室に引き揚げ、ゲームオーバーのはずでした。しかし、驚いたことに主審が「私は間違えていた」と早すぎた終了宣言の過ちを認め、試合を再開させたのです。

 リズムを失ったフランスに、最少得点差をはね返す力はもはやありませんでした。

鈴木 武士・フリーライター

 ◆第1回ウルグアイ大会 第3代FIFA会長ジュール・リメ(フランス)の尽力で開催された。予選は行われず、申し込んだ13カ国が参加した。決勝は当時の五輪王者、地元ウルグアイが隣国の宿敵アルゼンチンを4―2で下し、初代王座についた。
 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。
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