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「私の国、西ドイツが優勝したのはうれしい。でも……」。ルードビッヒハーフェンという町でディスコを経営するママさんは、複雑な面持ちでした。 無類のサッカー好きのママさん。西ドイツが決勝で難敵のオランダに勝ち、2度目の世界チャンピオンに輝いたら、「男性にはビール、女性はシャンパンの飲み放題無料サービスをします」。常連客にこう約束してしまったのです。 W杯の興奮に巻き込まれて、ついうっかりの口約束だったのです。ところが、「格好のネタ」と地元新聞に大きく取り上げられたから、もう大変。 ゲルト・ミュラーの逆転ゴールで勝利が決まると、ママさんのてんてこ舞いの一夜が始まりました。店の中は客であふれ、「本当にタダで飲ませるのか」という電話も殺到する騒ぎになったのです。 空の樽(たる)や瓶の山を前に、サッカーファンから商売人に戻ったママさん。「優勝のうれしさも吹っ飛んでしまったわ」と、渋面をつくっていたそうです。 もう一つは、バイエルン州でのこと。文部省がこんなお触れを出しました。「ビッグゲームの日には、小・中学校では宿題を出さなくてもよい。W杯のような世界のイベントをテレビなどを通じて見ることは、授業の一部なのだから」。 国語だ、算数だと宿題を出しても、サッカーに熱中する子供たちが上の空なのは目に見えています。ということで、この結構なお触れとなったわけです。でも、喜んだのは子供だけではありません。「だれはばかることなく、子供と一緒にサッカーを楽しめる」と、親たちも大歓迎でした。 鈴木 武士・フリーライター
◆第10回西ドイツ大会 ベッケンバウアーが率いる地元西ドイツが、54年スイス大会以来5大会ぶり2度目の優勝を飾った。決勝ではクライフ率いるオランダを2―1で下した。3位はポーランド。2次リーグで西ドイツに惜敗したが、アルゼンチン、イタリアなどの強豪を次々倒した。 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。 |