大会中は大統領もいがみ合い

ワールド杯エピソード
  [目次]    【15】
 ブラジルが史上初の4度目の優勝を飾った1994年米国大会の真っ最中にブラジル、アルゼンチンの両大統領がいがみ合いました。

 アルゼンチンのメネム大統領が労働省の大規模なデモの際に「ブラジルの賃金は低く、最低賃金はアルゼンチンの退職者年金の半分程度しかない」と、よせばいいのにサッカーのライバル国を例にして自国の賃金水準の高さを強調したのが引き金になりました。

 マスコミから、しばしば「瞬間湯沸かし器」とやゆされる短気なブラジルのフランコ大統領。メネム大統領の発言に黙っているわけがありません。「失礼な。W杯優勝へ向けて勝ち進んでいるブラジルに対し、すでに敗退したアルゼンチンチームへの不満を表す品位に欠ける発言だ」と反撃に出ました。

 そうなのです。ブラジルは1次リーグを楽々と通過、決勝トーナメントも米国、オランダ、スウェーデンを次々に倒す順調な勝ち上がり。決勝のイタリア戦は0―0からのPK戦での勝利でしたが、ロマーリオを攻撃の先頭に立てての戦いぶりは王者の名にふさわしいものでした。

 一方のアルゼンチンは1次リーグD組でナイジェリア、ブルガリアに次ぐ3位の苦戦。3位チームのうち成績のよい4チームがベスト16に勝ち残れる規定により辛うじて決勝トーナメントへ進んだものの、1回戦でルーマニアに苦杯をなめさせられて敗退してしまったのです。

 アルゼンチン外務省は「どうしてそんなに怒るの?」と当惑顔だったそうですが、フランコ大統領の怒りは収まらず、駐アルゼンチン大使まで本国へ召還してしまったそうです。

 W杯になると、国中の関心がサッカーに一点集中してしまう南米らしいお話でした。

鈴木 武士・フリーライター

 ◆94年米国大会のアルゼンチン 1次リーグを2勝1敗で突破したが、決勝トーナメント1回戦で敗退した。1次リーグのナイジェリア戦後のドーピング検査で、大黒柱マラドーナの薬物使用が発覚。大会から追放され、チームはまとまりを欠いた。
 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。
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