ボールも試合展開も変わった前後半

ワールド杯エピソード
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 1930年の第1回ウルグアイ大会の決勝はウルグアイ、アルゼンチンの南米対決でした。アルゼンチンのサポーターたちは口々に「勝利か、さもなくば死を」と叫びながら大河ラプラタを渡り、ウルグアイの首都モンテビデオへ乗り込んだと伝えられています。

 大決戦を前に使用球でもめました。ニッカーボッカーにネクタイ姿のベルギー人、ジャン・ランゲヌス主審が出した妥協案は両国のボールを使うというもので、抽選の結果、前半はアルゼンチン製、後半はウルグアイ製と決まりました。

 で、試合の方はウルグアイがパブロ・ドラド選手のシュートで先制したものの、自国製のボールで戦うアルゼンチンはカルロス・ペウセレ選手が同点とし、ギジェルモ・スタービレ選手が勝ち越しゴールを決め前半を2―1とリードしました。

 アルゼンチンの2点目については、ウルグアイ側が「オフサイドで無効」と抗議。が、主審が認めなかったため、ウルグアイのホセ・ナサシ主将がハーフタイムに、完成したばかりでまだ軟らかい競技場の壁に釘(くぎ)で絵をかき「アルゼンチンの2点目はオフサイドですよ」と再抗議しました。主審の返事は――。「君の絵は確かに素晴らしい。でもあれは間違いなくオフサイドではなく、ゴールだよ」(スタービレ選手はこれで得点王の栄冠を獲得しました)。

 ウルグアイ製ボール使用の後半に入ると、試合の様相はがらりと変わりました。ウルグアイが火のように燃えての猛反攻に出ます。ペドロ・セア、サントス・イリアルテ、エクトール・カストロ選手が3点を奪い、鮮やかな逆転劇をやってのけてしまったのです。ウルグアイ政府は決勝戦の翌日を休日とし、4―2のスコアでの優勝を祝いました。

鈴木 武士・フリーライター

 ◆今大会の使用球 アディダス社が扱う。名称は「トリコロール」。フランス国旗の青、白、赤を採用した史上初のカラー球。重量は規定内(425〜445グラム)だが、表皮の内側を従来の布地にかえて空気の気泡からなる素材にしており、雨でぬれても水を吸収しないのが特徴。
 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。
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