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クウェートは古都バリャドリードで、まず欧州の古豪チェコスロバキアと対戦。1―1と同国のW杯初戦でいきなり勝ち点1を挙げる好結果を収め、評判を一気に高めました。 チームを率いていたのは、ブラジル人のカルロス・アルベルト・パレイラ監督。のちにアラブ首長国連邦を90年イタリア大会に初出場させ、94年米国大会ではブラジルを優勝に導いた名監督です。 次の試合はフランスとの対戦。クウェートは期待に反して失点を重ね、後半30分にやっと1点を返しましたが、1―3の劣勢で終盤を迎えました。残り時間が約10分、フランスに再びゴールされ、1―4と差が開いたと思われた場面でした。クウェートが「オフサイドの笛が鳴ったのでプレーをやめた。得点は無効だ」と猛抗議。同時にファハド王子がフィールドに下りてきて、主審に物言いをつけました。 選手たちがスタンドの笛の音を主審の笛と勘違いして、プレーを中断させたらしいのです。主審は「不測の事態による試合中断」として、得点を取り消してしまいました。試合は再開され、クウェートはさらに1点を失って、結局は1―4で敗れました。 それにしても、試合に直接関係ない王子が介入したのは言語道断だし、主審が一度認めたゴールをほごにするなんて前代未聞です。国際サッカー連盟(FIFA)は後日、王子に厳重警告、クウェート協会に罰金、主審に一時資格停止の処分を下しました。 鈴木 武士・フリーライター
◆クウェートのその後 82年の1次リーグ第3戦ではイングランドと対戦して0―1と敗れ、1分け2敗の4位で決勝トーナメントには進めず。86、90、94年大会のアジア予選はいずれも1次敗退。98年大会の1次予選は突破したが、最終予選は2勝4敗2分けでA組の最下位だった。 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。 |