|
記者たちが早速、練習を取材しようと訪れたのですが、チームの幹部は「練習は26時から」と第1戦の会場地ストラスブールの近くの森に姿を隠してしまいました。 第2次世界大戦の不気味な足音が忍び寄る不安な国際情勢の中での大会。初エントリーの日本が日中戦争の影響で、スペインは内戦で、それぞれ参加を取りやめたのをはじめ、10カ国が棄権。オーストリアは地域予選を勝ち抜いたもののナチ・ドイツの侵略で選手団を送れず、トーナメント形式の本大会は15チームで行われました。 ブラジルは1回戦ポーランド、2回戦(準々決勝)チェコスロバキアを連破、準決勝で前回に続く優勝を目指すイタリアと対決することになりました。 そのイタリア戦。ブラジルは驚いたことに、ゴールの名人レオニダス選手をメンバーから外す思いもよらない選手起用をしてきました。「決勝戦に備えて温存するのさ」がビメンタ監督の説明。いくらなんでも絶対のエースを欠いては勝機は遠のきます。1―2の敗北です。 やむなく3位決定戦に回ったブラジルはレオニダス選手の2点などでスウェーデンに勝ち、イタリアはハンガリーを4―2で打倒、2連覇を果たしました。 せっかくのチャンスを逸したブラジルが世界チャンピオンの座に就いたのは、20年後の58年スウェーデン大会でした。 鈴木 武士・フリーライター
◆ブラジルのW杯 世界最多となる4回の優勝経験を持つ。3回目の優勝を決めた70年メキシコ大会ではジュール・リメ杯の永久保持を認められた。準優勝が1回、ベスト4が3回、ベスト8が2回と抜群の成績を残している。通算49勝11敗13分け、勝率6割7分1厘。 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。 |