勝ち点「1」は誇り、ポ〜ンと1万ドル

ワールド杯エピソード
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 サッカーの世界では国際大会の地域予選も、重要視しています。特にW杯の地域予選は、多競技を同時に行う五輪をもしのぐ地球上最大の規模の決勝大会出場権をかける大事な試合だけに、注目度の高さはほかの大会とは比較になりません。1969年に起きたエルサルバドルとホンジュラスの戦争は、70年メキシコ大会地域予選の熾烈(しれつ)な試合が契機になったことなど、その一例です。98年フランス大会の地域予選でも世界各地からさまざまな話題が届けられました。ここでカンボジアからのニュースをご紹介します。

 カンボジアはアジア地域1次予選第5組に入り、ウズベキスタン、イエメン、インドネシアの3カ国と戦いました。結果は6戦して1分け5敗、得点2、失点27の最下位でした。

 しかし、です。国際試合の経験の浅いカンボジアにとって、わずか1でも勝ち点を奪えたことは大変な成果だったのです。

 第1戦の対インドネシア0―8、対イエメン0―1の黒星の後の第3戦。97年4月のインドネシアとのホームゲームで、カンボジアは同国史上初の「W杯ゴール」をマーク、1点をリードしたのです。ゲームは1―1の引き分けに終わり、カンボジアの1次突破は既に絶望的だったのですが、にもかかわらずラナリット第一首相(現在は国外追放の前第一首相)はチームを絶賛しました。

 「W杯初ゴールを記録し、勝ち点1を挙げたことをとても誇りに思う」と第一首相は何とゴールゲッターのソケトラ選手に2500ドル、チームに1万ドルの褒美を出したのです。ラナリット氏のその時の感激ぶりが伝わってくる話ではありませんか。

鈴木 武士・フリーライター

 ◆カンボジア王国 首都プノンペン。1953年、旧フランス植民地からノロドム・シアヌーク殿下を国王とする王政国家として独立。20年に及ぶ内戦や侵略を切り抜け、93年に立憲君主制を柱とする新憲法を公布して再出発。人口約880万人。国民の90%以上がクメール族。公用語はカンボジア語。通貨はリエル。
 ◆鈴木武士(すずき・たけし) 本名・奈良原武士。1937年(昭12)、東京生まれ。61年に共同通信社に入社。運動部記者としてサッカーのW杯などを現地取材。編集委員を経て、97年定年退社。フリーとなりサッカー、つりなどの原稿を執筆。著、編、訳書に「ワールドカップ物語」(ベースボール・マガジン社)、「日本サッカー協会75年史」「ペレ自伝」(講談社)などがある。
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